隣国王を本気にさせる方法~誘拐未遂4回目の王女は、他国執着王子から逃げ切ります~

35 逃げられない2

「俺はできることなら、穏便に妻を迎えたい。妻の親族にも祝ってもらえるほうが、妻も嬉しいだろう。だから、数日後にレティツィアに正式に求婚状を送る」
「……きっと、その求婚はまた断られると――」
「言っておくが、これは最終通告だ。よく考えたほうがいい」

 レティツィアは怪訝な顔をする。それはどういう意味なのだろう。次も断れば、また誘拐するという意味なのだろうか。

「先日、帰国したときに俺専用の騎士団を立ち上げた」
「……騎士団ですか?」
「剣術に長けたものがたくさん集まった。血気盛んなものも多く、俺の命令一つで、喜んで武力を行使するだろう」
「………………」

 レティツィアは青くなった。第二王子は、すぐにでもヴォロネル王国を侵略しようとしているのだろうか。戦争という話題を先日したばかりだ。でもそれは、すぐすぐの話ではないと思っていた。騎士団というが、さすがに一つの騎士団くらいでは、ヴォロネル王国に攻め入ることはできまい。ただ、第二王子が作った騎士団以外も攻撃に加わるのなら? 王でも王太子でもない、ただの王子の命令に動く軍が多いとしたら。

「レティツィア、レティツィアの父たちを説得するんだな。レティツィアは可愛がられているだろう。娘が俺と結婚することを願っていると分かれば、可愛い娘の願いは叶えてくれるはずだ」

 戦争をしたくないのなら、自ら妻になると父に言え。暗にそう告げる第二王子に、レティツィアはもう抵抗する気は失せた。レティツィアは第二王子から逃げられない。

「……父に、お願いしてみます」

 表情の抜けた顔で告げるレティツィアに、第二王子は満足そうな笑みを向けた。そして第二王子は、片手でレティツィアの顎を上向かせると、レティツィアの唇に自身の唇を近づける。

「ぐぇ!?」

 傍まで迫った唇が急に離れたと思うと、第二王子はカエルのような声を出してバルコニーの床に投げ出された。

 そこにいたのはオスカーだった。第二王子の首元の服を引っ張ったらしい。げほげほと咳き込んだ第二王子が叫んだ。

「誰だ、お前! 俺を誰だと思ってる!」
「プーマ王国の第二王子だろう。王子が、女性に無体を強いるのを見たなら、止めに入るのが紳士というものだ」
「お前には関係ない――」
「ああ、それと、俺はアシュワールドの王だ。一介の王子風情には、口の利き方を教えてあげた方がいいか?」
「アシュワールド王!?」

 くっと表情を歪め、第二王子は舌打ちして立ち上がった。そしてレティツィアに「説得を忘れるなよ!」と捨て台詞を吐いて去っていく。

 オスカーがレティツィアに近づき、レティツィアを抱きしめた。

「遅くなりました。あの男に何かされましたか?」

 レティツィアから体を離して、顔を覗き込むオスカーにレティツィアは顔を振る。心配そうな顔を向けるオスカーは、レティツィアの唇を親指で触った。

「……キスされてしまいましたか?」

 レティツィアが首を振ると、オスカーはほっとした顔で、またレティツィアを抱きしめる。

「少し前に、令嬢たちと一緒にいるレティツィアに気づいたのですが、俺が他国の知人に話しかけられてしまって。レティツィアがいないのに気づいて慌てて探したのですが、ここにいることに気づくのが遅れて悪かったです。怖かったでしょう」

 ほっとして、じわじわと涙が溢れるが、レティツィアは泣いてはいけないと、ぐっと我慢をする。レティツィアを離したオスカーが、レティツィアを見て口を開く。

「泣くのを我慢しなくてもいいですよ」

 レティツィアは首を振る。この後、ホールを移動するなら、王女としての顔を招待客が見ることになる。泣いていたとバレるわけにはいかない。しかし、口を開いてしまえば、泣き出してしまいそうなので、口を開くこともできない。

 そんなレティツィアの心の内が分かるのか、再びオスカーはレティツィアを抱きしめた。レティツィアを落ち着かせるように強く抱きしめる。そうするうちに、レティツィアもだんだんと落ち着いてきた。

「……オスカー様、助けていただき、ありがとうございます」

 レティツィアを離したオスカーは、ほっとした顔をした。

「落ち着きましたか」
「はい」

 会いたかったオスカーは、離れた日と何も変わっていないように見える。レティツィアの好きな、オスカーのままだ。「会いたかった」と言いたいけれど、オスカーの婚約を断ってしまっているため、それを口にするのは憚れた。しかし、どうやらレティツィアの気持ちは伝わってしまっているらしい。

「俺に会いたかったですか?」
「………………はい。会いたかったです」

 笑みを浮かべたオスカーは、レティツィアの頬にキスをする。顔が熱い。でもキスは嬉しくて、思わずオスカーに抱き付く。やはりオスカーが好きだと思っている時に、はっとした。

「マリーナ様!」

 レティツィアのせいで人質になっていたマリーナの存在を思い出す。

「レティツィア、大丈夫。バルコニーの扉の前にいた令嬢は、俺の部下が助けているから」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」

 オスカーと共にバルコニーから中に入ると、オスカーの部下という男性と一緒にいた、不安そうにしていたマリーナがレティツィアを見てほっとした顔をした。マリーナはケガなどはなく、レティツィアも安心した。

 しかも、マリーナを人質にしていた男と第二王子はおらず、騒ぎにもなっていない。オスカーの部下はアシュワールドの侯爵令息とのことだった。青い顔でじっとしているマリーナに気づき、ナイフでマリーナを脅していた男を静かに対処したらしい。素晴らしい手腕である。

 お陰で、レティツィアたちに起きたことを客の誰も気づいていないようだ。騒ぎにしたくないレティツィアは、胸をなでおろす。

 レティツィアたちは、ひとまず長兄アルノルドの元へ向かうのだった。
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