隣国王を本気にさせる方法~誘拐未遂4回目の王女は、他国執着王子から逃げ切ります~

45 恩恵 ※シリル視点 最終話

 シリルの話を聞き終えたオスカーが、今日の最後の書類にサインをして、それをシリルに渡そうとした。その書類が執務机の上に置いてある、手のひらサイズのくまのぬいぐるみ二体の内の一体に当たって、ぬいぐるみが少しズレた。

「おっと……」

 オスカーは、そのズレたぬいぐるみを元に戻す。

 このオスカーに似合わぬ、可愛らしいくまのぬいぐるみは、オスカーとレティツィアが結婚した記念に作られたものであった。

 元はお見合いでアシュワールドに来たレティツィアが、オスカーに青色の目の黒色くまのぬいぐるみをプレゼントされたことだった。結婚したことで、菫色の目のピンク色くまのぬいぐるみが欲しいとレティツィアにおねだりされたのだ。そのペアのぬいぐるみは大きいため、レティツィアの部屋に置いてあるらしい。

 その後、レティツィア王妃の発案で王夫妻の結婚記念品を作ることとなり、限定百個で手のひらサイズに小さくして、ペアのくまのぬいぐるみセットが作られた。限定品ということで、ぬいぐるみの布は高級素材、青目はブルーサファイア、菫色はパープルサファイアで作られた。

 王の結婚記念品ということで、原価は高いが、販売価格も法外な値段であった。そんな馬鹿高いくまのぬいぐるみなど、いくら限定品とはいえ誰が買うのだ。シリルははじめそんな風に思っていたが、そんな懸念は見事に打ち砕かれた。

 販売前から情報が漏れたのか、購入希望の問い合わせの嵐。購入希望者の九割が女性だった。急遽、購入希望者の中から抽選販売に変更となった。王夫妻がそれぞれ一セットずつ持つことになるため、販売数は正確には九十八個である。

 その後、実際に購入した者たちが、不思議な恩恵を受けたと噂が出始めた。恋が成就するというのである。後日、シリルが調査したところによると、九十八個の内、恋が成就したという報告が二十七個である。約三割近くの人の恋が成就したというのである。三割というのは異常である。

 しかも、その半数以上の恋の相手が、花形花婿候補の文官であるにも関わらず、嫁のきてがない職業などと噂されていた者たちだったのである。

 オスカーが結婚したことで、オスカーを慕う文官たちの中で主に続けと『妻が欲しい』ブームが訪れた。仕事中毒者で家にも帰らず風呂にも入らずといった者たちが色気づき、小綺麗にしたことで、恋人が欲しい女性たちの目に留まり、それがたまたまぬいぐるみ購入者だった、というだけであろう。

 しかし、ただの相乗効果であっても、オスカーの結婚とくまのぬいぐるみは、アシュワールドの結婚市場に大きく貢献している。まさかこれはレティツィアの狙い通りなのだろうか。レティツィアは普段ほわんとして見えるが、意外と商売気がある。ヴォロネル王国で王女だった時から領地経営をしていたと聞いていたが、王妃としての仕事も順調にこなしている。

 王妃の仕事の一つに、王宮内の宮殿管理というものがある。さまざまな宮殿があるが、その中に王族主催でしか使えないパーティー会場が主の宮殿、それとは別の宮殿で貴族に貸し出しもしている貸パーティー会場のある宮殿というのがある。その貴族に貸出すことのできる方の宮殿は、昔から貸出は月に一顧客までという決まりがあった。

 アシュワールドの王都には、地方に領地を持つ貴族が多数存在する。王都に滞在中はタウンハウスに滞在するのだが、大きいパーティー会場をタウンハウスに持つ貴族は少ない。普段は王都の街中にある貸会場を使ってパーティーを開催するのである。

 その貸会場の一つとして、王宮内の貸し出し宮殿は大人気で取り合いなのだ。

 その貸出宮殿について、以前オスカーの執務室にやってきたレティツィアにこんな話をされたのだ。

「月の貸出数の増加……ですか?」
「ええ。せっかく借りたいという声が多いのに、月に一顧客のみしか借りられないなんて、供給不足だわ。貸出価格は高いけれど、月に一顧客だと、年間ベースでは収入が微益なのよね。あの宮殿、管理費がまあまあかかるのだもの」
「それはそうですが……。では、どのくらいに増やされる予定ですか?」
「五日に一顧客よ。管理の担当者に聞いたら、あんなに広くても掃除は使用人を多数動員するから一日あればできるのですって。パーティーによっては前もって準備もあるだろうし、掃除に一日、準備に二日、予備で二日足して全部で五日あれば一つのパーティーにかかる日数として良さそうだと担当者と話し合ったの。でもしばらくは試験的に七日に一顧客で様子見をするつもり」

 シリルも一ヶ月に一顧客しか借りられないのは少ないとは思っていた。しかし、新米王妃がこんなに早く改革しても問題ないだろうかとオスカーを仰ぐと、オスカーは首を縦に振った。

「構わないよ。レティが責任者だから、レティが決めて良いよ」
「ありがとうございます、オスカー様! あの宮殿って、大ホールと中ホールってあるでしょう。同じ宮殿でも入口が違うから、それぞれの客が混同するということはないし、同日にそれぞれで貸し出せると思っているの! そのあたりはもう少し貸出ルールを担当者とつめなければならないけれど、大ホールがいい客と中ホールがいい客と、聞いた話だと需要はかなりありそうなの」

 レティツィアは楽しそうに言っていた。王妃の仕事が楽しいようで、何よりである。王妃によっては、責任者といいつつ、下のものに任せっぱなしにするものも少なくない。パーティーやお茶会で権威を誇示することだけが王妃の仕事と思っている残念な王妃も過去の歴史にいた。レティツィアは宮殿管理以外の仕事も積極的であるし、かなり理想的な王妃である。元第二王子がいたころは、彼を恐れて自由の少ない生活だったらしいので、自由に動き回れる今が楽しくて仕方ないのだろう。

 そんなやり取りを思い出していたシリルの横で、ちょうど立ったオスカーが執務机を回った時、レティツィアがオスカーの執務室に顔を出した。

「オスカー様!」
「レティ」

 たたた、と小走りでやってきたレティツィアは、オスカーに抱き付いた。そんなレティツィアにオスカーは微笑みながらキスをしている。

「打ち合わせの帰りかな?」
「はい。思ったより早く終わったのですが、オスカー様に会いたくなってしまって」

 レティツィアは今度行われる王家主催のパーティーの指揮を執っているのである。もちろん、そんなレティツィアのスケジュールなど、オスカーは把握済みだ。

「昼食は?」
「これからです」
「今日は打ち合わせの後は予定はないでしょう」
「はい。なので、後で図書館へ行こうかと思っています」
「図書館か。俺はこれからお忍びで街に行こうと思うけれど、レティもどうかな? それとも、俺より図書館の方が魅力的かな」

 ぱぁっと表情を輝かせたレティツィアは、ニコニコと口を開く。

「もちろん、オスカー様のほうが魅力的です! 嬉しい! 少しだけ、オスカー様に抱き付いて抱っこしてもらおうと思っていただけなのに、午後は一緒にいて下さるのですね!」
「ははは、抱っこもしてあげるよ」

 オスカーはレティツィアを抱き上げ、レティツィアからキスを貰っている。

「まずは着替えようか」
「はい! 昼食も街でいただいてもいいですか?」
「いいよ。何が食べたい?」
「そうですね、前に行ったところがすごく美味しかったから――」

 レティツィアを抱き上げたまま、オスカーは執務室のドアへ向かっている。その途中でシリルに「あとは任せた」と視線で告げて去っていく。

 王の本日の仕事は昼に終わりである。まあ、仕事は終わっているので問題はない。どうせオスカーはレティツィアが来なかったら、これからレティツィアに会いに行こうとしていたはずだ。

 オスカーが結婚して以降、街へお忍びに出かける時はレティツィア付きが多い。オスカーはシリルが思っていた以上に過保護だった。お忍びでもレティツィア一人で(護衛は付くが)街へ行くのは、危ないからと禁止している。王都は治安がいいので危険は少ないが、レティツィアは可愛いから街でも男性の視線を集めるようで、オスカーは警戒しているのだろう。街では、オスカーは『スカー』、レティツィアは『ティジィ』と偽名を使い、街の中でも夫婦として知人の中では定着しているらしい。

 レティツィアがお茶会を開けば、夫としてお茶会中にレティツィアの顔を見に行くし、まあそれは『俺の妻をいじめるなよ』という隠れた圧力を掛けに行く目的もあるだろうが、誰がどう見ても王は王妃を溺愛しているとすっかり有名である。

 シリルにとって、オスカーがレティツィアに重きを置いているのは大変助かっている。仕事が趣味だったオスカーに仕事を増やされていた頃には戻りたくない。いわばレティツィアは女神である。

 まだ昼なので、今から残りの仕事を終わらせても、お茶の時間にはシリルも帰ることができそうだ。早く仕事を終わらせて、愛妻の元に帰ろう、とシリルは手際よく残りの仕事に取り掛かるのだった。



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番外編のその後もここで終わりです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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