嘘と恋とシンデレラ

第20話


 鞄からポーチを取り出すと、その中からジップつきの小さな袋を手に取った。

 中身は白い粉。砕いた睡眠薬。
 以前使ったものの残りだ。

 隼人がこのまま大人しくわたしを解放してくれるとは思えない。
 だけど今日はこれ以上、一緒にいたくない。

(これを使ってうまく逃げ出そう)



 袖の内側に袋を隠し、リビングに入った。
 ソファーに腰を下ろしたとき、ちょうど隼人が現れる。

 彼の手にしたふたつのコップを窺う。
 どうやって隙を作るか、頭の中で素早くシミュレートしてみる。

「ありがとう」

 立ち上がってコップのひとつに手を伸ばした。
 けれど、わざと受け取り損ねて取り落とす。

「あ」

 鈍い音とともに床に叩きつけられたコップは、幸いにも割れることはなかった。
 でも中に入っていた水は、ほとんどすべてぶちまけられてしまっている。

「ごめん!」

「いいよ、気にしなくて。拭くもの持ってくる」

 彼の姿が再び廊下の方へ消える。
 うまくいった、と内心ほっとした。

 睡眠薬を仕込むなら今のうちだ。

 テーブルの上に残された、もう一方のコップに近づく。
 袋を開けて中身を流し込むと、さっと指で混ぜておいた。

「!」

 足音が戻ってきて、慌ててくしゃりと潰した袋をポケットにねじ込む。

 戸枠のところから彼が入ってくる。
 ぎりぎり間に合った。

「あ、わたしが……」

 その手にあったタオルを取ろうとするものの、ひらりと(かわ)される。

「俺やるよ」

「でもわたしのせいだから」

 この状況において彼の厚意(こうい)に甘えるという選択肢は、わたしにはない。
 当然、譲れなかった。

 隼人は足元の水溜まりとこちらを見比べ、仕方なくといった感じでタオルを差し出してくれる。

 こういうところだけは妙に男気があるというか優しくて、それを惜しまないのが彼だ。

 だから、こぼれた水のあと片付けは率先(そっせん)してやろうとしてくれるし、いつもさりげなく車道側を歩いてくれる。

「……ごめん、俺も頭冷やす」

 彼はテーブルの上に置かれていたコップを手に取り、ソファーに腰を下ろした。

 水溜まりの(かたわ)らに膝をつき、床にタオルを押し当てながら、わたしは油断なく様子を窺う。
< 133 / 152 >

この作品をシェア

pagetop