嘘と恋とシンデレラ

第4話


 朝食をとりながら、じっと手首を眺める。

 昨日、愛沢くんはあのまま、学校を出てからも一向に離してくれなかった。

 強く掴まれていた手首は、しばらく赤くなって震えていた。
 今はもう何ともないけれど。

(痛かった、けど……それだけ必死だったんだよね?)

 彼にとって明確な敵である星野くんから、わたしを守ろうとしてくれた。

 自身も言っていたが、余裕がなかったのだろう。
 ただでさえ今朝の時点で、わたしが星野くんを優先してしまったから。

 理解は出来る。
 愛沢くんの意図にも感情にも、想像が及ぶ。

 しかし、気持ちがついていかない。

 手首の痛みを思い出すと、不可解(ふかかい)な痣に自然と繋げてしまう。

 本当に彼から暴力を受けていたとしたら……。

 “怖い”という漠然とした不安は、意思と反して存在感を増していく。

 それをどうにか断ち切るべくかぶりを振った。

 どちらかに肩入れしないためには、わたしは中立でいるべきだ。
 感情ではなく情報を判断材料にするべきなのだ。

 どちらが本物でどちらが偽物か。
 その答えを出せるまで、なるべく均等に接した方がいい。

(……でも正直、今はあんまり愛沢くんといたくないな)

 昨日みたいなことになったら、と思うと怖い。

 感情に支配されると、彼には声が届かなくなると分かったから。

 出来れば星野くんの方へ逃げたいけれど、それをするとあとが怖いのもまた事実だった。
 何よりそれは自分の都合を優先した結果だ。

(今日はひとりで行こう)

 学校に居場所があることも分かったし、教室にもかなり馴染んだ。
 小鳥ちゃんだっているし、昨日ほどの不安はない。



 支度を済ませたわたしは、鞄を手に玄関のドアを開けた。
 その瞬間、視界に人影が飛び込んでくる。

「……っ!」

 あまりに驚いて息が詰まった。
 弾かれたように顔を上げると、彼と目が合う。

「おはよ、こころ」

「あ、愛沢くん……!?」

 鞄を肩にかけ、悠々(ゆうゆう)とそこに立っていた。

 整った顔にたたえた強気な微笑みは相変わらず。
 だけど、今のわたしには恐怖を与えるものだった。

(待ち伏せされてた?)

 今朝は連絡をとっていなかったのに、いつからいたのだろう。

 心臓が嫌な音を立て始める。
 彼は不意に表情を消し、不機嫌そうに目を細めた。

「違うだろ」
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