嘘と恋とシンデレラ

「……わたしもごめん。隼人のこと、一方的に決めつけてたところがあったと思う」

 そう告げたのは取り繕うためでも打算によるものでもなく、率直な本心だった。

 強引な行動だとか、ちらつく凶暴性だとか、そういう表面的な部分に(とら)われていたのは紛れもない事実だ。

 愛沢くんの真意を微塵(みじん)()み取ろうとしなかった。

 本物か偽物か、そればかりを考えて彼自身を見ていなかった。

 ────心象(しんしょう)や感情に左右されるべきではない。

 そんな理性のブレーキは、信じる方向だけじゃなく疑う方向にもかけなきゃいけないのに。

「ごめんね、もういっぱいいっぱいで」

 そのせいで、目の前の優しさに都度(すが)るしかなくて。
 わたしはもう一度謝った。

 愛沢くんはいっそう真剣にこちらを見つめてくる。

「……じゃあ、頼むから」

 ふと手に力が込められた。

「俺を不安にさせるな」

 口調は強めでも、声色が揺れている。
 無下に突っぱねられないような必死さが滲んていた。

「もう離れないで欲しい、片時(かたとき)も。俺の目の届く範囲にいてくれ」

 ……彼の心情はよく理解出来た。

 愛沢くんの中では、目を離したせいでわたしが怪我を負って記憶をなくした、というのが(しん)なのだ。

 二度とそんなことを繰り返さないために守りたい。
 そう言ってくれているのと同じように感じられた。

 ──キーンコーン……

 彼の言葉に頷きかけると、ちょうどチャイムに(さえぎ)られる。

 はっとしたように手をほどき、机から下りた。

「あとでまた来る」

 すれ違いざまにそれだけ告げ、教室から出ていく。
 ようやく肩から力が抜けた。



「こころ……」

 不意に声をかけられる。
 そちらを向くと、席についた小鳥ちゃんが振り返っていた。

「あ、おはよう」

 落ち着かない気持ちをどうにか押し込め、小さく笑いかけてみる。

 しかし、彼女の表情は晴れなかった。

 何か言いたげに眉を寄せていて、どことなく不安そうに見えた。

「どうかしたの?」

 そう尋ねながら椅子に腰を下ろす。

 一瞬躊躇(ためら)うような素振(そぶ)りを見せた小鳥ちゃんは、やがて重たげに口を開いた。

「愛沢くんって────」
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