嘘と恋とシンデレラ

第14話


 信じられない気持ちで彼を見上げたけれど、響也くんが冗談を言っているとは思えなかった。

 そうやって撤回してくれるのを待ったものの、どれだけ間を置いても彼の瞳は少しも揺らがない。

 本気だ。
 気圧(けお)されて身体が芯から強張る。

 ぐい、とさらに手を引かれ、縁に一歩近づいた。
 硬い地面が遠くに見えて、ここの高さを思い知る。

 吹き抜ける風にますます恐怖心を煽られた。

「いや……」

 反射的に後ずさるけれど、すくんだ足は思うように動かない。

 何より彼の力の方が圧倒的に強くて、わたしの些細な抵抗など意味を成さなかった。

「……っ!」

 “嫌だ”とか“やめて”とかありったけの声で叫ぼうと思ったのに、喉に張りついてひとことも口をきけない。

 ますます焦った。怖くてたまらない。
 苦しくなるような呼吸を繰り返していると、じわ、と目元が滲んだ。

 殺される。このままじゃ殺される……!

「愛してるよ、こころ」

 恍惚(こうこつ)とそう告げた響也くんは繋いだ手を離さないまま、(くう)へと一歩踏み出す────。

 落ちる。
 絶望に引っ張られ、怯んで目を瞑った。

 そのときだった。
 バン! と勢いよくドアが開けられる。

「……何してんだよ」

 はっと目を見張った。
 振り向いた先には肩で息をする隼人がいた。

 心臓がばくばく暴れてわたしまで息が切れた。
 生きてる。助かった……。

「あーあ」

 響也くんが鬱陶(うっとう)しがるように目を細める。
 邪魔が入った、とでも思っているのかもしれない。

 けれど余裕の笑みをたたえ、わたしの手を握る力をさらに強めた。

「それ以上近づいたら、こころと飛び降りるよ」

 澄みきった綺麗な横顔を見上げると、全身を貫かれたような気がした。
 そのままよろめきそうになる。

(あのとき考えた可能性、きっと正しかったんだ……)

 確かにふたりともがわたしを殺そうとしていた。

 隼人は自分本位な理由で、わたしに対して募らせた愛憎(あいぞう)をこじらせて。

 響也くんはその歪んだ恋心と、ふたりの愛を守るために。

 それぞれの思惑と本性を目の当たりにして、やっと気が付いた。

 どちらの愛にも救いなんてない。
 わたしはずっと“嘘”に守られていたのかもしれない。

「ばかなこと言ってんなよ。こころを離せ」

 隼人は睨むように響也くんを見据え、堂々と言い放った。
 本意はどうあれ、真っ向から立ち向かってくれるのなら、今だけは彼を頼るほかにない。

 彼にも殺されかけたわけだし、まったく信用出来ないのだけれど……。

(そうだ)

 頼りきらず自分で何とかするべきだ。
 そう思ったとき、ふとブレザーのポケットが重く感じた。

 そういえばここにカッターナイフを入れていたのだった。
 その存在を強く意識する。

(隙を見てこれを使うしか……)

 速まる心音を自覚しながら、ふたりの様子を窺った。

「きみにそんなこと命令される筋合いなんてない。僕たちの勝手でしょ」

「“たち”じゃなくてお前の身勝手だろ。こころを巻き込んでんじゃねぇよ」

 口論するふたりを横目に、慎重にそろりともたげた手でポケットに触れる。
 指先がカッターナイフに届いた。

 けれどその瞬間、響也くんがこちらを向く。

「……何してるの?」
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