余命1年半。かりそめ花嫁はじめます~初恋の天才外科医に救われて世界一の愛され妻になるまで~
 腕を掴む手に私も手を重ね、そっと離す。泣いたら演技が無駄になると、精一杯口角を上げて笑みを作る。

「ごめんね、夏くん。愛してくれて嬉しかったよ。ありがとう」

 今伝えられる本心はこれだけだ。微笑んだまま踵を返し、「天乃!」と呼び止める声を振り切って部屋を飛び出した。

 朝食を食べに向かうカップルや家族連れとすれ違いながら、一目散にホテルの出口を目指す。外は昨日から一転、どんよりと雲が覆っていて今にも雨が降り出しそうだ。

 今になって頭がズキズキしてくる。早く薬を飲まないといけないのに、そんな気になれない。頭より心のほうが痛い。

 夏くんはわけがわからないだろうな。昨夜はあんなに愛し合ったのに、一方的に突き放されて。

 中途半端なことをして、彼を傷つけた。罪悪感で押し潰されそうになるけれど、どうなってもいいから愛されたいと望んだのは自分自身。これは、幸せな一夜と引き換えに抱いていかなければいけない罰なのだ。

 とぼとぼと駅へ向かって歩くも、視界が滲んで前が見えなくなる。いつか脳が機能しなくなっても彼の姿だけは消えないんじゃないかと思うほど、絶えず愛しい笑顔が浮かぶ。

「ずっと、一緒にいたかった……」

 もう伝えられない本音を、脳内の彼に向って呟く。雨が降るより先に、塩辛い雫が頬を濡らした。


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