30歳の誕生日にいつも通っているお弁当屋さんの店員さんとワンナイトしてしまったので2万円置いて逃げてきた
後日、クライアントとのヒヤリングに開発部の人が同席したいと相談を受け、綾羽は二つ返事で引き受けた。クライアントからの開発希望は綾羽たちCS部門がヒヤリングするが、実際の開発は開発部門で行う。

「ミーティングURLチャットで送ったので先方を招待してもらえます?」
「ありがとうございます。今日は会議室取ってるから俺も同席で、あ、あと一人業務委託でお願いしてる人も挨拶に来てくれるって」
「へぇ、そうなんですか」

開発部門は社内のエンジニアもいるが、手が足りなくて業務委託で何人かお願いをしている人がいるらしい、と聞いていたがあまり綾羽には関係がない。綾羽が直接話すのは開発部門の部長かリーダー以上で、実際に手を動かしているエンジニアと話すことはほとんどないし、彼らは大抵リモートワークしているから、顔も合わせない。

「ミーティングルーム3取ってます」
「ありがとうございます」
「西野さんのヒヤリングシート丁寧だから好評ですよ」
「本当ですか、ありがとうございます」
「ちゃんとお客様の要望の背景とか聞き取ってくれるし、細かいし、優先順位もつけてくれるから、助かりますよ。分からないことはすぐ聞いてくれるし」
「嬉しいです」

オフィスフロアを抜けて、ミーティングルームに向かう。

「あ、いた。あちら、業務委託で開発を引き受けてくれてる長谷さんです。俺の前職の知り合い。いい人だし、めんどくさがりだから腕もいいです」
「へぇ……」

綾羽は顔をあげ、対外的な笑顔を作って、顔を固まらせた。
昨日の夜に顔を合わせたばかりの、優一がいつもより少しだけ綺麗めな格好で立っていた。

「池辺さん、めんどくさがりって聞こえてましたよ」
「本当じゃないですか。いいエンジニアはめんどくさがりだから」
「池辺さんもめんどくさがりですもんね」
「うん。長谷さん、こちら西野さん。CSのチームリーダーやってて……って知ってるか」

知っている、という言葉に、綾羽はビクッと跳ねた。
まさか付き合っていることを報告しているんじゃあるまいな、と優一を信じられない気持ちで見つめると、優一は軽く首をかしげた。
池辺が話を続ける。

「長谷さん、西野さんのヒヤリングシート大好きでさ、西野さんのじゃないと引き受けてくれないんですよ。今日はそれでもちょっと自分で聞きたいところがあるってのと、お客様にご挨拶したいっていうから来てもらったんです」
「そうなんですか……」

綾羽はなんと言ったら良いのか分からない顔で優一を見つめた。

「西野さん、こんにちは。いつもお世話になっております。よろしくお願いします」
「よろしく、お願いします」
「池辺さん、僕、時々下のお弁当屋さんでスタッフのバイトしてるって言ったじゃないですか。西野さんはそこの常連さんです。ね、何度もご挨拶させていただいてますよね?」
「え、ええ」

綾羽は引き攣った笑みで答えた。

「あー、あのバカ高い弁当ですね。西野さんあそこで買ってるんですか?すごいな」
「まぁ、その……たまの贅沢です。他にお金使うところもなくて」

綾羽が苦笑いすると、優一が説明を付け足した。

「バカ高いですけど、原価もめちゃくちゃ高くてほぼ利益でてないですよ。オーナーの趣味で本当に良い野菜を使ってるんです」
「へぇ、俺も今日食べに行こうかな」
「お待ちしてます」
「え?長谷さんこの後バイトもするんですか?」
「はい、今日は火曜日なので」

池辺が感心したように息を吐いた。

「働きますねぇ。忙しいのに」
「お弁当屋さんがないと引きこもっちゃうんですよ。そうだ、西野さん、今日は西野さんが気に入ってくださってるプチトマトが入ってますよ!ぜひご来店くださいね」

優一の言葉を白々しい、と思ったが、どうやら純粋に来店を楽しみにしてくれているようである。

「はい、今日もお伺いします。楽しみです」

対外向けの、明るい笑顔で答えると、優一は綾羽の胸の内には気付かないようで、嬉しそうに笑った。
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