君との恋のエトセトラ
新入社員の入社時期を過ぎた5月初旬。
凛は広告代理店の最大手『スタークリエイティブエージェント』に派遣社員として勤務することになった。

地元長崎の大学を卒業したばかりの22歳。
母子家庭で育った凛は、母親が体調を崩して1年ほど入院するのに付き添っていて就職活動が出来なかった。

母親の体調はなんとか持ち直し、自宅療養となったが、今度は金銭的な問題に直面する。

貯金は入院と手術費用で全てなくなり、高校2年生の妹、(あん)は、大学進学は諦めて就職すると言い出した。

とにかく何としてでもお金を貯めなければ!
母と妹が安心して毎日を暮らせるように。
そして妹が、大学進学の夢を捨てずに済むように。

その一心で、凛は働き口が見つかりやすく賃金も高い東京に来て、人材派遣会社に片っ端から登録した。

時給が高ければどんな仕事でもやります!
と言うと、意外にも有名企業である『スタークリエイティブエージェント』を薦められたのだ。

「ここは今回初めて派遣社員を雇うことになったの。時給は抜群にいいわよ。あなたさえ良ければすぐにでも話を進めるけど、どうかしら?」

派遣会社の担当の女性が募集要項を見せながら話すと、凛は少し首をひねる。

「あの、こんな良い条件の有名企業なのに、本当に私で大丈夫でしょうか?」
「ええ。逆にあなたは気にならない?この企業の噂は」
「あ、そうですね…」

凛は思わず視線を落とす。

『スタークリエイティブエージェント』は、業界最大手であると同時にブラック企業としても有名である。
社員の平均年収が高いにも関わらず、離職率も高い。

つまり社員にとってはそれだけ不平不満が多く、心身共にボロボロになるまで働かせる会社としても有名なのだ。

2年ほど耐え忍んでノウハウを身につけると、退職して自分で起業する社員も少なくない。

「うちとしても、初めて派遣させることになる会社だから様子が分からなくてね。しかも配属先は営業部だし。あなたの第一条件が時給の高さだからここを紹介したけど、もし気が引けるなら別の所でも…」

担当女性がファイルをめくろうとすると、凛はパッと顔を上げた。

「いえ、こちらの会社でお願い致します」
「あら、そう?本当に大丈夫?」
「はい。こんな私を採用してくださるなら、どんな会社でも構いません」

楽して儲かる仕事などない。
母と妹の為に、どんなこともやるしかないのだ。
凛はそう覚悟を決めた。
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