花森課長、もっと分かりやすく恋してくれませんか?
 私はこの日に向け、準備を整えてきた。部長への贈り物も用意してある。それなのに謝罪もなく、何事もなかったよう会を始めるのは如何なものか。

「すまない、俺が花森を引き止めたんだ。花森は時間通りここへ来るはずだった。あまり責めないでやってくれ」

 フォローにまわる兄。何故引き止めたか言わない当たり、企業秘密といったところか。
まだ宮田工業の経営の中枢を見せてはくれない。

「社長や経理部長が私みたく仕事を切り上げられると思ってない。けど……」

 視界の隅で部長がグラスを置いたのが見え、次の瞬間、花束が目の前に咲いた。
 驚きで瞬くうち、それは薔薇と認識する。

「せっかくのお招きに遅れてしまい、申し訳ありません。遅刻の理由など言い訳にしかならないので、こちらをお受け取り下さい」

 両手いっぱいの花束にメッセージカードが付けられ、開く。そこには『愛しています』と綴られていた。

「香ちゃんから聞いてたけど、花森部長のアプローチは猛烈だね」

 明さんが少し引いている。

「そうだろう、そうだろう。花屋の店員があれを見て、花森への興味を失ったからな」

 何故か、兄が得意気だ。

「はぁ、また社長は余分な事を。私は花屋の店員、社内外の女子社員にも関心は全くありません。あなただけですよ、香さん」

 花束ごと抱き締められる。まるで私も捧げられた一輪のようになり、目を閉じかけた。

「おい、二人の世界に浸るな! ずるいぞ! いいから乾杯だ!」

 ハッと我に返ってグラスを合わせる。

「お花、ありがとうございます。そ、その嬉しいです」

 部長が私へグラスを傾けてきたタイミングでお礼を告げる。

「それは良かった。帰ったら部屋に飾りましょうね。グランドピアノ、真紅の薔薇、そして香さんが揃うリビングは芸術的だ」

「はは、まだ始まったばかりなのに、もう帰った後の話を?」

 シャンパンを飲み干そうとした仕草を制止される。

「飲み過ぎはいけないと先程言いましたよ?」

「もう過保護なんですから! 大丈夫ですって。明さんの料理を食べながら飲みますし。あっ、今夜は私も調理の手伝いをしたんです」

 私はほぼ明さんが作ったパスタを取りに厨房へ駆けた。
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