【第二部】天妃物語 ~「私以外にもたくさん妻室がいた天帝にお前だけだと口説かれます。信じていいのでしょうか」~
「ありがとうございます。でも私は今こうして一緒にいられるだけで充分です。だから自分を許せないなんて言わないでください」

 私はそう言って笑いかけると、黒緋が抱っこしている青藍に手を伸ばしました。
 青藍が「あいあ~」と嬉しそうに手を伸ばしてきて、私の腕の中へ。

「青藍は私が見ますから紫紺をお願いします。あの子は険しい山道でもあっという間に行ってしまいます。迷子になっては大変です」
「分かった。紫紺は俺が見よう。だがお前も気を付けて歩けよ」

 黒緋はそう言うと紫紺を追いかけてくれました。
 追いつくと紫紺が楽しそうに黒緋にじゃれつきます。

「ちちうえ、おそいぞ!」
「お前が勝手に行ったんだろ」
「だってはしりたかったんだ」
「開き直るなよ」
「ちちうえ、かたぐるま!」

 紫紺が黒緋の足にぎゅっと抱きつきました。
 黒緋はひょいっと抱きあげて、紫紺の小さな体を肩車してあげます。

「たかい~! ちちうえ、たかい!」

 視界が高くなった紫紺はおおはしゃぎですね。
 黒緋の肩車に満面笑顔です。

「あうあ〜。あぶぶ」

 抱っこしている青藍が前にいる紫紺と黒緋を指差します。
 早く行けとおねだりされて私は小さく笑いました。

「はい、あなたも行きましょうね」
「あいっ。ばぶぶ!」

 こうして私たちは家族で山道を歩き、(とうげ)を目指したのでした。



 ()が傾きだした頃、ようやく峠に到着しました。
 峠はちょっとした宿場町のようになっています。この峠は旅人が立ち寄るには丁度いい場所でした。宿場町(しゅくばまち)に入るとほっとしますね。
 黒緋が宿場町を見回して言いました。

「今夜はここで休むか」
「そうですね。明るいうちに峠についてよかったです。山は陽が傾くとあっという間に暗くなりますから」

 辿りつけなければ山で野宿するところでした。
 紫紺と青藍がいるのに野宿は避けたいですからね。

「どこかに宿をとろう。頼んだぞ」

 黒緋がそう言うと従者の恰好をした人型の式神が出現します。
 式神の従者が宿場町に入っていきました。
 私は帯紐(おびひも)でおんぶしている青藍に話しかけます。

「青藍、峠につきましたよ? よく頑張りましたね」
「……ぷー……」

 返ってきたお返事は小さな寝息。
 振り返るとスヤスヤ眠っていました。小さな口からはよだれが垂れていてかわいい寝顔です。
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