夜叉姫は紅龍に愛される


 理事室は校舎のニ階にある。

 階段を上がって校舎の端へ向かうと両開きドアの一室を見つけて足を止めた。


「ここだけ他と違うから直ぐ分かったや……」


 他の教室と違って異質にも思える仰々しい外装をしたドアは来賓を迎えるに相応しい黒塗りの扉だった。

 私はこれに似た部屋を実家でも見ていた。

 お父さんの執務室と同じくらい目の前の大きな扉は、前に立つだけでも緊張感を漂わせている。


「きっと中も広いんだろうなぁ……」


 そんなことを思いながら扉をコンコンコンとノックすると、返事は直ぐに返ってきた。

 向こう側から「どうぞ」と言う低い声に私は姿勢を正す。


「失礼します」


 片方を開けて中に入ると、そこには初めて会った時と変わない黒髪のオールバックにスーツ姿の男性がいた。

 年齢はお父さんと同い年くらいで、とても整った顔立ちをしている。

 例えるならダンディって云う言葉が似合うだろうか。

 逞しい身体を包み込んだ隙のないスーツの着こなし方も喋り方も男性としての余裕が感じられる。

 お父さんとは変わった雰囲気の人で初めて会った時はどこで知り合ったのか不思議に思っていたが、こうして改めて見ると友人関係なことに納得がいく。

 この人は多分、きっと、元不良だ。

 勘に過ぎないけれど、体付きからしても喧嘩が出来そうな人だった。


「なんだ、冬人《ふゆと》の娘か。だいぶ雰囲気が変わったな。人間になってる」


 にん……!?

 理事長の第一声に私は息が詰まった。

 けれど、あの時の私は精神的にも荒れていてあまりまともとは思えない状況だった。だから立ち直りかけている今の私をそう思われてもしょうがないのかもしれない。


「その節はお騒がせしました。
 改めて、この学校の受験を許可してくださり、ありがとうございました」

「フッ。やっぱり嫌みな程、しっかりしてるな」


 いやみ……?

 流石にどう反応して良いか分からず、何も言えなくなった私に構わず理事長は手を横に流した。


「そこに座れ。コーヒー飲めるか?」

「あ、はい。……あ、いえ、お構いなく」


 応接用のソファを指され、私は大人しく従い手前のソファに座った。

 理事長は後ろにあったドリップポッドで珈琲を淹れてくれた。

 待っている間に理事長からどう思われているのか不安になったが、出会い方が最悪だったので、この際、良い方向に挽回出来るように言動には注意しようと気持ちを新たにした。

 その為にもまずは学校生活を真面目に送ることが一番良いだろう。

 気持ちを切り替えると、理事室の室内に目が行く。内装は予想していたような部屋とは違っていた。

 お父さんの執務室ほど広くはなく、変わった間取りになっている。

 ──そう、何処か違和感があるのだ。

 左側がやけに広いって云うか、部屋に対してドアが変な位置にあり、隠し部屋のような、隣接する部屋がような存在するような気がする。

 ふと振り返って部屋を見渡すと、やはり理事長のデスクの方にドアがあることに気が付いた。

 壁が書棚になってたから気づかなかったけど、続き部屋があるみたいだ。

 納得していると珈琲を淹れ終わった理事長がカップを二つもって応接用テーブルに置いた。

 そして向かいに座ると、「どうぞ」と言ってすすめられる。


「ありがとうございます」


 姿勢を正して向き合いマグカップに入った珈琲を一口啜ると嗅ぎ慣れた何かの豆の匂いと共に丁度良い苦味が口の中に広がった。

 残念ながら珈琲には余り詳しくないからなんの豆を使っているかは検討もつかないが。


「美味しいです」

「それなら良かった」


 それから理事長はしばらく黙ったまま私を観察するように見つめて来た。

 大人からの視線にはこれまでお嬢様として社交会で培ってきた経験値があるから余り気にならない。

 そんな私の余裕に気付いた理事長はフッと口角を上げて笑った。


「本当、冬人に良く似てるな」

「良く言われます」


 理事長が呼んでいる「冬人」とは、私のお父さんの名前だ。

 学生時代の友人らしく、私が受験シーズンが終わってもこの学校の受験を受けれたのは、一重にお父さんと理事長が知り合いだったからだ。


「だからココにしたんだろうな」

「この学校は両親の母校だと聞きました。理事長も父とはここで出会ったんですか?」

「いや、俺は違う学校だ。妻がここの理事長の娘だったから今こうして務めてるけどな。
 きみの両親とは近くの溜まり場で出会ったんだ」


 溜まり場……。

 両親が昔、不良だったと言う話しは使用人のみんなから聞かされて知っていた。

 お父さんもお母さんも隠してないからそうなんだと思っていたが、やっぱり理事長も不良だったんだなと思う。


「気が向いたら学生の頃の話しを聞かせてやる」

「ありがとうございます」


 正直、両親の学生時代もとい、不良時代の話しはとても気になっていたので、素直にお礼を言った。




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