夜叉姫は紅龍に愛される


 あの時、俺は「またな」と言ったけど、もう一度会えるだろうか。

 抗争になって『神鬼』が拠点にしている倉庫に行けば直ぐにでも会えるんだろうが……。

 出来れば喧嘩にならずに済むような場所で出会いたい。



 ──3階の溜まり場に着くと、いつもと違ったバルコニーの様子に俺たちは戸惑うことになった。

 例え1年生でも、誰もが知ってる赤龍の縄張りは一般の生徒なら近づくはずはない。

 それなのに、誰もいないはずのバルコニーに人影があった。──それもかなり顔の整った可愛い新入生だ。


「だ、だれ……?」


 藍の疑問に全員で首を傾げる。

 マジで誰だ? 知り合いにこんな奴いなかったよな?

 俺がいつも使ってる二人掛け用のソファに、上履きを脱いでぐっすりと寝ている。


「どうする?」


 戸惑う夕也の質問に、奏介が動揺した様子で答えた。


「どうするも何も、相手は女の子だから優しく起こすしかないでしょ」

「そうだけど……。よし、奏介頼んだ!」

「はいはい」


 小さくため息を零しながら奏介が眠っている女に近寄ると、顔を近づけて「おーい」と身体を揺すった。

 腹黒な奏介でも、女相手には優しく扱うようだ。

 流石、建前では紳士に接する男だと思った。声も落ち着き払っている。

 けれど、揺らしたくらいじゃぐっすり寝ているやつが起きるワケもなく……。

 女は顔をしかめて「んんッ」と唸ったあと、目を覚まさずに再度寝息を立てていた。


「起きないじゃん!!」

「…………」


 文句を零す藍に、奏介は困った表情を見せる。

 しばらくみんなで解決策を話し合っていると、思いついたように夕也が声を上げた。


「あっ! ねぇねぇ、学生証とか持ってないかな?
 先生みたいに名前を呼べは起きるんじゃない?」


 その提案に藍が気付かされたようにハッとした。


「その手があったか!」


 少し馬鹿らしい発送かもしれないが、ここは学校だからあり得る話しでもある。

 それに身分くらいは確認したかった俺は夕也と藍と、それに乗っかった黎や奏介の行動を止めることはしなかった。


「──では、さっそく!」

「……うぅん……うる、さい、な……」

『────!?』


 ドキッとした様子でみんなが一斉に動きを止めた。

 起きたのかと思って様子を伺っていたが、起き上がる様子はなく、再度寝息を立てていた。

 ──コイツ、どこで寝てるか忘れてないか?

 若干呆れてくると、静かにしていた蒼が呟いた。


「……寝かせておけば?」

「えっ!? ちょっと、蒼? 何言ってんの!?」

「多分、大丈夫だと思うよ」

「蒼くん本気だ……」


 蒼の言葉に藍と夕也が真っ先に反応を示したが、驚いたのは二人だけじゃない。

 女が嫌いで必要以上に近づかせない蒼が、大丈夫だといったのを聞いてみんなで蒼を見つめた。


「……それなら寝かせておくか」


 勘の働く蒼が大丈夫と言うのなら、俺たちに害するようなやつではないのだろう。

 俺の言葉に聞き返して来たのは黎だった。


「いいのかよ?」

「あぁ。起きたら言い聞かせればいいだろ」


 今は寝ていて、何かされるわけでもないのだから放っておけばいい話だ。

 それにどうしてこんな所で寝てるのかは起きてから問いただしても問題はない。

 とは言え、身分くらいは確かめてもらうが……。

 そう思って俺は近くのカバンを拾うと奏介に渡した。

 突然渡されてた奏介はポカンと呆気に取られていたが、直ぐに渡された意図が伝わったようで、返事をしながら鞄の中を漁り始めた。


「ハイよー」

「へぇ、來が漁ろうとするなんて珍しいね」

「別に」

「良いんじゃねぇの?」


 そう言って奏介、夕也、黎の三人で中を漁りはじめ、俺は女が眠るソファを背もたれにして地べたに座った。

 藍と蒼は話しをしながら自分のソファで三人の様子を見ている。


「──どう?」

「それが、生徒手帳が見当たらないんだよね」

「財布は?」

「気が引けるけどしょうがないか。えぇと……。
 ──あ、これだね」

「うーわっ。高そうな財布! お嬢様かよ!!」

「これ、來の姉貴んとこのブランドじゃない?」

「「まじか!」」

「ポイントカードの名前は、しらゆき……」

「……え!?」

「……ハ!?」


 しらゆきと言う名前に俺も奏介を見る。


「──白雪、美夜」


 白雪……?


「オイオイ、白雪ってまさか……」


 慌てた夕也がこっちに来ると、女の顔を覗き込んだ。


「ちょっと、良く見たら愁の妹だよ! 顔、すっごい似てる!!」


 まさか生徒会の白雪愁の妹なのか?

 これが?


「納得したわー。おい、來。美夜ちゃんだって、どうする?」


 黎の質問に女の顔から視線を反らすと、三人が俺を見ていた。


「どうも出来ねぇだろ」

「だ、だね! 起きた時に注意すれば聞いてくれるよね!!」

「つーか、のんき過ぎだろ。俺等に襲われても自業自得じゃねー?」

「ちょっと黎、だからって手を出すなよ」

「出さねーよ」


 俺たちが会話をしていると、黙って見守っていた藍が聞いて来た。


「なぁ、愁って誰?」

「あぁそっか。二人は知らないよね」


 一回くらいは会ったことあるだろうが、直ぐに結びつかねぇよな。

 俺が知っているのは、一学年年上の先輩で生徒会の書記をしていることと。

 先代と関わりがあり、ある抗争では一人で幹部以上の奴等を倒した伝説があることくらいだ。

 その抗争に、当日まだ俺は赤龍にいなかったが、先代から怒らせるなと言われている。

 先代の先輩たちにそこまで言わせる男なると、身内に手を出さない方がベストだろう。


「ケンカとかやっぱり出来んのかな?」

「愁の妹だもんなぁ」


 夕也と黎は面白そうに話し、尾ひれをつけて盛り上がっていた。

 奏介は会話に混じりながら、鞄を整理してからソファの横に置いていた。



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