憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
 そこには人っ子一人いなかった。

 広々としたトレーニングスペースを独り占めなんて、贅沢ですこと。
 航晴はベリが丘の町並みを見渡せる窓の前に設置されたランニングマシンを操作すると、運動を始めた。

 ただ自動で動くベルトコンベアの上を歩いているだけなのに、どうしてこうも様になるのかしら……。

 フライト終了後、オフィスに戻るまでの間には、長い距離の動く歩道がある。

 副操縦士の制服を身に着け、颯爽と歩く航晴を重ねた私は、好きな人のかっこいい姿なら一生見ていられるとばかりに目を奪われていた。

「機嫌がよくなったな……。楽しいのか」
「ええ。とても」
「椅子を持ってきたらどうだ。ずっと立ったままだと、疲れるだろう」
「お気遣いなく。問題ないわ」
「頼むから休んでくれ……」

 彼はきっと、窓ガラスに映る表情を見て、機嫌がいいと認識したのね。

 どうして私が、彼から呆れられなければならないのかしら。
 納得がいかないまま、それもそうかと考えて言われた通りに椅子を探そうと部屋全体に視線を巡らせる。

「移動式のリラクゼーションチェアは、右奥にあるはずだ」

 壁際に向けてずらりと並べられたエアロバイクやダンベルは圧巻だ。

 彼が薦めるリクライニングチェアは、すぐに見つかった。
 木と皮で作られた高級感あふれる椅子に座りたくなくて、その隣に置かれていたあるものに目をつける。

 ――私には、これで十分だわ。

 両手で抱えて持ち運ぶと、満面の笑みを浮かべて航晴に見せびらかした。

< 82 / 139 >

この作品をシェア

pagetop