プルメリアと偽物花婿

幕間 side 和泉


 真っ暗な闇。どれだけ扉を叩いても、叫んでも、何も返ってこない。罵りを受けた方がどれほどマシか。
 ――怖い。助けて。怖い。
 シンと静まり返った暗闇で、僕はただ震えていた。

「えっ、大丈夫?」

 そんな暗闇に光をくれたのは凪紗先輩だった。

 ちょうどその時の僕は、ストレスを抱えた思春期の同級生たちの鬱憤のはけ口だった。
 金持ちで、親がほんの少し有名な僕に対して元々やっかみはあったけれど。父のニュースを受けて、正義感を理由にどれだけ叩いても良い存在となった。
 当時は女の子みたいだった見た目も相まって、虐めやすい存在でもあったのだと思う。

 どこにいっても父の存在はつきまとった。母が見かねて、兄の勤務先である塾に送り込んだところで何も変わらない。
 むしろ人気者の先生である兄との違いに落ち込んだだけだ。

 学校よりも先生の目が届かない塾で、日々エスカレートしていく行為。
 彼らはずる賢くもあり、受験を控えた時期に暴力をふるうことはなかった。証拠など出されたら一大事だ。
 
 夜の講習が終わり空き教室に呼び出され嫌味をぶつけられた後。
 普段誰も入ってこない教室に、足音が響き焦った彼らは僕を掃除道具入れの中に押し込んだ。そして教室の電気を消すと足音は去って行った。

 暗くて狭い闇。何度泣いても誰にも声は届かない。誰か気づいてもよさそうなものなのに、一番端となるほとんど物置となったこの部屋は死角らしい。
 彼らはきっと帰ったのだろう。どれくらい時間が経ったのだろうか。泣き声も枯れて、力なくトントンとドアを叩いていると、突然暗闇に光が差し込んだ。

「えっ、大丈夫?」

 僕は冗談抜きで女神かと思った。

 それから二、三度。味を占めた彼らに掃除道具入れに押し込められ。そのたびに彼女に救出された。

 虐めというのも恥ずかしくて、いじられていると言うと彼女は憤慨していた。
 翌週は彼女は印刷した用紙を持ってくると掃除道具入れに貼った。そこには講師らしい文章で「ここで遊ぶことを禁止する」という旨が記載されていた。

「いくら遊びだとしてもここに閉じ込めることはやめてもらった方がいいよ。たまたま私が気づいたからいいものの、本当に大変なことになってたかもしれないし。この部屋って全然使われてない部屋だから本当に危ないよ」

 僕は大人しく頷いた。彼女の程よい距離感の助言がありがたかった。同情されるのは当時の僕にとって何よりも恥ずかしいことだったから、感情に寄り添ってこないことに安堵した。
 
「先輩はどうしてここにいるんですか? 誰も来ない部屋なんですよね」
「実は……好きな人と待ち合わせしてるんだよね」
 
 彼女の横顔はひどく大人びて見えた。
 僕を暗闇から助け出してくれた女神。恐怖の真っ只中にいた中に差し込まれた光は強烈だった。すぐに恋に落ちてしまう程に。

 中学生の憧れは淡い初恋となり、同時に失恋となった。
 真っ暗な闇。どれだけ扉を叩いても、叫んでも、何も返ってこない。罵りを受けた方がどれほどマシか。
 ――怖い。助けて。怖い。
 シンと静まり返った暗闇で、僕はただ震えていた。

「えっ、大丈夫?」

 そんな暗闇に光をくれたのは凪紗先輩だった。

 ちょうどその時の僕は、ストレスを抱えた思春期の同級生たちのストレスのはけ口だった。
 金持ちで、親がほんの少し有名な僕に対して元々やっかみはあったけれど。父のニュースを受けて、正義感を理由にどれだけ叩いても良い存在となった。
 当時は女の子みたいだった見た目も相まって、虐めやすい存在でもあったのだと思う。

 どこにいっても父の存在はつきまとった。母が見かねて、兄の勤務先である塾に送り込んだところで何も変わらない。
 むしろ人気者の先生である兄との違いに落ち込んだだけだ。

 学校よりも先生の目が届かない塾で、日々エスカレートしていく行為。
 彼らはずる賢くもあり、受験を控えた時期に暴力をふるうことはなかった。証拠など出されたら一大事だ。
 
 夜の講習が終わり空き教室に呼び出され嫌味をぶつけられた後。
 普段誰も入ってこない教室に、足音が響き焦った彼らは僕を掃除道具入れの中に押し込んだ。そして教室の電気を消すと足音は去って行った。

 暗くて狭い闇。何度泣いても誰にも声は届かない。誰か気づいてもよさそうなものなのに、一番端となるほとんど物置となったこの部屋は死角らしい。
 彼らはきっと帰ったのだろう。どれくらい時間が経ったのだろうか。泣き声も枯れて、力なくトントンとドアを叩いていると、突然暗闇に光が差し込んだ。

「えっ、大丈夫?」

 僕は冗談抜きで女神かと思った。

 それから二、三度。味を占めた彼らに掃除道具入れに押し込められ。そのたびに彼女に救出された。

 虐めというのも恥ずかしくて、いじられていると言うと彼女は憤慨していた。
 翌週は彼女は印刷した用紙を持ってくると掃除道具入れに貼った。そこには講師らしい文章で「ここで遊ぶことを禁止する」という旨が記載されていた。

「いくら遊びだとしてもここに閉じ込めることはやめてもらった方がいいよ。たまたま私が気づいたからいいものの、本当に大変なことになってたかもしれないし。この部屋って全然使われてない部屋だから本当に危ないよ」

 僕は大人しく頷いた。彼女の程よい距離感の助言がありがたかった。同情されるのは当時の僕にとって何よりも恥ずかしいことだったから、感情に寄り添ってこないことに安堵した。
 
「先輩はどうしてここにいるんですか? 誰も来ない部屋なんですよね」
「実は……好きな人と待ち合わせしてるんだよね」
 
 彼女の横顔はひどく大人びて見えた。
 僕を暗闇から助け出してくれた女神。恐怖の真っ只中にいた中に差し込まれた光は強烈だった。すぐに恋に落ちてしまう程に。

 中学生の憧れは淡い初恋となり、同時に失恋となった。
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