プルメリアと偽物花婿

5 夢の時間の終わり

「和泉、私……!」
「ははっ、大丈夫ですよ。好きなものは最後まで残しておくタイプだって言いましたよね?」

 和泉は白い歯を見せて笑った。……またからかわれたのかもしれない。
 だけど和泉はそれ以上は笑わず、真面目な表情に戻る。
 
「凪紗先輩が真面目に考えてくれてるから、俺も強引なことはしませんよ。でも――意識してほしいなとは思うんで、少し触れることは許してもらえませんか?」

 ……なんなんだ、そのお伺いは。許すとか、許さないとか、そういう問題なんだろうか。改めて聞かれると無性に恥ずかしい。
 やっぱり和泉は慣れててちょっと悔しい。

「嫌だったら言ってくださいね」

 和泉の手が頬に伸びる。だけど触れない。和泉を見ると、柔らかい表情でこちらを見ていて、どうしよう。
 これはきっと私の「許可」を待っている。

「何をするの」
「もちもちの頬っぺたに触れてみたいなと思っただけです」
「すっぴんをまじまじと見てほしくないんですが」
「いつもよりあどけなくて可愛いですね」
「……頬っぺただけならいいよ」

 和泉は「やったー」といいながら、私の頬に触れる。というかさっきバルコニーで許可なく触ってなかったっけ。
 和泉は両手で私の頬を包み込んだ。私の頬に触れた手は大きくて、無防備な頬が全部包み込まれてしまいそうだ。別に何をするわけでもない。ただ手のひらで頬を包み込んでいるだけ。
 それなのに、私の全部を抱きしめられている気がするのは、触れる手も私を見る瞳もひどく優しいからだ。

「凪紗先輩、好きです。大好きです」
 
 優しい瞳と同じくらい優しい声で囁かれる。大切なものに囁くように。

「……」
「返事しなくていいですから、聞いてください。気持ちは伝え続けるので」
「ありがとう」

 人って優しくされる方が、大切にされる方が泣きたくなるのかもしれない。
 
 和泉はしばらく私の頬を包みこむと「そろそろ寝ましょうか」と電気を消した。
 私たちは背中を向けて眠った。キングサイズのベッドは三人は余裕で寝転べてしまうから、私と和泉が触れ合うこともなかった。
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