プルメリアと偽物花婿

 時刻は八時。もう寝るね、とも言いづらい時間だ。
 それともそれぞれの部屋があるのなら、自分の部屋で過ごしてもいいんだろうか。同棲カップルどうしているんだろう!?

「なんか飲みます? ビールくらいしかないですけど」

 大型の冷蔵庫を開いて和泉が訊ねた。「あ、冷蔵庫のものは何食べてもいいですけど、食べられたくないものあったら名前書いといてくださいね」

「わかった。ビール、いただこうかな」

 和泉は私の返事に冷蔵庫から缶ビールを二つ取りだした。
 一つを私に差し出して、

「先輩。なんかすごい緊張してます?」

 じっと私の表情を伺うから、思わず目をそらしてしまう。

「そんなことないよ」

 そう言って缶を受け取ろうとして、手首を捕らえられた。

「脈がかなり早いですよ?」
「うそ」
「嘘です、わかんないです」
「…………」

 じろりと見ると、歯を見せて笑って缶ビールをキッチンの上に置いた。

「ビール飲むの後にしましょうか」
「なんで」
「キスしたいな、と思いまして。だめですか?」

 一歩和泉が進むから、一歩後ずさりしてしまう。

「……ビール先に飲もない?」
「お酒飲んでちょっとふわふわしてる先輩も可愛いですけど、素面で照れまくる先輩も可愛いなと思って」
「…………」

 簡単に再び手首を捕まえられてしまう。
 キスは、ハワイの最後の夜以来していない。
 あの日はだいぶお酒も入っていて、和泉の言う通りふわふわしていたし、なにより最後の夜が気持ちを盛り上げているところがあった。
 だけど、今夜はお酒のせいにできないし、今日から和泉との生活が始まってしまう。

「先輩が嫌ならしません」

「そう言いながら、この手はなんですか」
 
 和泉はもう片方の私の手も捕まえた。こちらは手首を掴むのではなく、手のひらをあわせて絡めていく。優しく手を撫でられると、そこから全身に熱が拡がっていく。
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