プルメリアと偽物花婿
「和泉、嫌なこと我慢しなくていいよ。男性とか女性とか関係ない。受けた側が嫌だと思えば、それは守られないといけないことだから」

 そんなことを言われたのは初めてだった。

「俺、A社の営業外れてもいいですか」
「うーん? 和泉はよく頑張ってくれてるし、和泉が外れる必要はないんじゃないかな?」

 先輩はそれ以上は深く聞かなかった。俺も言いたくはなかったが吉田さんからは解放されたい。簡単にセクハラに困っていることは伝えて、コーヒーを飲み終えると何事もなかったように解散となった。

 それからすぐにA社の担当が変わった。先輩が何か手回しをしてくれたことだけはわかった。

 先輩は俺をいつもさりげなく救ってくれる。
 あの時も、今も。
 
 憧れが恋に変わるのは一瞬だった。そもそも毎日先輩に抱いていたマイナスのような感情だって、裏を返せばすべて拗ねていただけだ。彼女が大人になっていることに、恋人がいることに。
 本当は毎日意識し続けていたんだ。思い出と違うなやっぱりと言い訳の比較をしながら。でもそれは先輩と俺がどうにもなれないことへの反発心だった。

 一度先輩を好きだと認めてしまえば、もうだめだった。気づかないように押し込めていた思い出の箱がすべて開け放たれてしまって。
 一挙一動が可愛くて、愛しくて、一人で仕事を頑張る姿さえ愛らしいのだから。
 どの女性とも違う、特別な人。きっと凪紗先輩のことしか好きになれない。だけど手に入らない人。俺は先輩が幸せでいてくれるならそれでいい。

 それだけでいいはずだった。
 ……そんな凪紗先輩と、結婚してしまった。偽物とはいえ。

 一度欲が出てしまえば、止められない。もっと好きになってほしいし、甘えてほしい。
 先輩は俺にワガママをいうのを躊躇うけれど、それはむしろ俺のエゴだ。俺がいなくてはだめなくらいになってほしい。

「……夢じゃない」
 
 朝起きて先輩がここにいる奇跡を噛みしめる。

 隣でむにゃむにゃと声がするけど、まだ眠っているみたいだ。可愛い。無防備な寝顔も、晒された小さくて白い肩も。
 素肌を抱いてみると、あたたかくて、これが夢ではないんだと思うと涙が出そうになった。


 
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