もう誰にも恋なんてしないと誓った
 しばらくして、またひとつ。

 グレイソン先生が咳払いをされた。



「では……私からも資料には載せて貰いたくない話を。
 お嬢様も聞き流していただけますか?」

「……先生の?
 承知致しました。
 わたしが聞いて良いのであれば、お話しくださいませ」

「私はシンシア様がハミルトン伯爵となられる日に、是非立ち会えたらと。
 それを今から老後の楽しみのひとつにさせていただいているのですよ」



     ◇◇◇



 目が覚めた時、まだ部屋の中は暗かった。

 まだ夜は明けてなかった。

 
 腕を出して眠ってしまったのか。
 もうすぐ7月だというのに肩口から指先まで冷えていて、わたしは震えた。





 エディの夢を見た。


 ここ何年かは彼の。
 エディとの日々の、あの頃の夢を見ることは無かったのに。


 昨日グレイソン先生に、まだまだ弱い自分をさらけ出してしまったから、彼の夢を見てしまったんだろう。



 わたし達は夢の中では笑っていたのに、実際のわたしは泣いていたのだろうか。 
 目の奥が痛む感覚があって、右手の人差し指と中指でそれぞれ右目の目尻と目頭を押すように触れると、指がじわりと濡れた。 
 涙の名残だ。


 こうして目覚めた後も、熱いものが込み上げてきて、わたしはブランケットを頭から被り……
 胸を押さえて、ベッドの中で丸くなった。

 

 身体中が軋んで
 声にならない悲鳴をあげる
 
 

 そうだ、ゆっくり深呼吸……


 お昼間、気分が悪くなった時に助手の方からアドバイスしていただいたのを思い出した。
 ゆっくりと意識して、深呼吸を繰り返す。

 それで、少し落ち着いた。





 『もう誰にも恋なんてしない』
 


 彼との別れの日。
 これからは、ふたりだけでは会わないと。
 そうふたりで、決めた日。


 今から考えると、幼くて。
 わざわざ口に出して、誓いを立てるなんて。




 許してね、エディ。

 貴方以外のひとを好きになろうとしたの。
 でも、駄目だった。

 そのひとは違う女の子が好きだったみたい。


 幼馴染みの女の子。
 わたし達と同じだね。
 ふたりは自覚なしの、初恋だったのかもね。



 貴方はもうすぐ、この国から居なくなる。
 その前に安心して貰いたかった。


 わたしはもう大丈夫だと、幸せになるからと。




 ああ、どうしよう。
 また色々考え始めて、貴方のことでいっぱいになる。




 やはり、わたしは。


 もう誰にも恋なんてしない。



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