もう誰にも恋なんてしないと誓った

23 代償を支払わせたいだけ◆シンシア

 父は到着して直ぐにこちらには帰らずに、グレイソン先生の弁護士事務所に寄って、侯爵家へ提出する『破談による慰謝料請求の内容証明』の下書きを預かってきていた。 

 明日に予定されていた到着に合わせて届けて貰うのを待つよりも、今日取りに行く方が早いと、自分から動くせっかちな父は、早速それをわたしに手渡した。

 

「それにしても、グレイソン先生はさすがですね。
 お会いしたのは、昨日の午後でしたのに。
 もう下書きを完成されていたのですね」



 聞き流してくださいとお願いしたあの件は。
 先生の胸の中にしまっていて欲しい……



「そうだな、フレイザーは仕事が早い。
 その上、間違いがない」

「……」


 フレイザー? 初めて聞く名前だった。
 わたしの表情を読んで、父が意外そうに笑った。


「昨日、会ったんだろう? フレイザーと。
 ハリー・フレイザー、グレイソンの甥だ。
 中々の切れ者だよ。
 最近は彼が事務所を仕切っているようだ」
 

 昨日会った……あの、深呼吸のひとだ。


 てっきり助手の方だと思い込んでいた。
 グレイソン先生の甥御様だったのね。


 若く見えたけれど、先生の代わりに事務所を仕切られているのなら、わたしより随分歳上なのかもしれない。



    ◇◇◇



 見せられた下書きは、簡潔にまとめられていた。 

 感情的な文言を控え、時系列に沿って事実のみを述べている。
 クーパー先生の診断書も添付されていて。
 そこには、親しかった者達から裏切られていたと知ったわたしがショックを受け、精神的に不安定な状態なので睡眠薬を処方していると記されていた。



 それから慰謝料の請求金額が空白なのは、父と相談してわたしが決めろということだと説明された。



 お金の話には同席したくないのか、母が席を立った。
 父が無事に到着したとベントンに連絡する為だったのもあると思うけれど。
 丁度いいので、父に診断書の、ある箇所を示した。


「ここの、わたしが服用していることになっている睡眠薬ですが……
 実はお母様に処方していただいているお薬を、クーパー先生はわたしが飲んでいることにしてくださったようです」

「そうなのか!?
 薬を飲んでいる割には、お前が元気そうなので安心していたが、ローレンが……
 眠れていないのか?」


< 45 / 80 >

この作品をシェア

pagetop