クールな海上自衛官は想い続けた政略妻へ激愛を放つ
 どきり、とした。
 あの夜を……お腹の赤ちゃんを授かった夜を、思い出してしまう。

 全てのことが初めての私に、柊梧さんはとても優しかった。

『海雪、綺麗だ』

 そう言って彼は私になんどもキスを落とした。
 足を開くことすら恥ずかしく、目を逸らしシーツの上で身じろぎする私の頭を、安心させるように優しく撫でてくれた。

 かと思えば、ふとした瞬間、彼は貪るように私の肌に痕を残した。痛みさえ覚えるようなキス、甘く噛む彼の唇と歯の感触を、いまだによく覚えている。

 肌の上を舐め上げる、ざらついた生ぬるい彼の舌の体温も。

 耳元で私を呼ぶ余裕のない、低い声も――全て記憶に鮮烈に刻みつけられている。

「海雪、頬が赤いぞ」
「……しゅ、柊梧さんがキスなんてするから」
「あんな子供みたいなキスで?」

 そう言って彼は目元を綻ばせ、今度は唇に触れるだけのキスをする。

「ん……」
「まったく、かわいい」

 感にたえない、といった風情で彼は言う。
 ……もちろん、わかっている。
 彼がこんなに甘いのも、優しいのも、全部私が彼の子どもを宿しているから、で。
 決して女として愛されているからではないということも。

 それでも、私は構わない。
 柊梧さんは、私を愛してくれている。
 家族として、夫として。
 私はそれに満足するべきなのだ。なのにどうしてだろう、少しだけ、ほんの少しだけ寂しいのは……。

「海雪、愛してる」

 そう言ってくれる彼に微笑み返す。
 私と彼は、愛し合う家族。慈しみ合う夫婦になるのだ。
 それでいい、それでいいはずなのに。この関係に、そのほかの感情なんてひつようない。
 たとえば、恋慕……だとか。
 そんなことを思いついてしまって、慌ててかき消した。どうしてそんなことを考えてしまったのだろう?
 視線の先で柊梧さんが微笑む。

 どうしてだろう。不思議なくらい、泣きたくなった。
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