クールな海上自衛官は想い続けた政略妻へ激愛を放つ
 誰にも伝えられなかった。伝えるような関係性のひとが、だれひとりとしていなかった。大井さんや毅くんに言えば喜んでくれるだろうけれど、まだ初期だし伝えるのも心配だ。実家の方々は無関心だろう。

 柊梧さんは、なんというだろうか。身体を気遣ってくれるだろうなとぼんやり海を見ながら思う。この海の遥か遠くにいる彼は、政略結婚の結果だとしても妻になった私にとても優しいのだ。

 少しくらいは、喜んでくれるだろうか。
 帰ってきたら最初に伝えよう、と思いながら立ち上がり、マンションに向かう。

 結局、車を買うのは保留にした。まだあまり運転に自信もないし、横須賀のこのマンションにいる限りは車も特に必要なさそうだったからだ。

 静かな夜、ひとりでリビングのソファに座りながらお腹を撫でてみる。まだ全然大きくない、でも確かに命があるらしいお腹。

「赤ちゃん」

 そっと声をかけてみた。その瞬間、不思議なことにじんわりと妊娠の実感が押し寄せてきた。ちょっとだけ涙ぐんでしまう。私はどんなお母さんになるんだろう。

 一生懸命に愛そう。大切にしよう。ちいさなちいさな、私の家族……。

 二週間後、再び診察があった。今度ははっきりと赤ちゃんの身体まで見ることができて、そうするとさらに愛おしさが増した。母子手帳を市の家庭支援センターで受け取って、かわいらしいデザインに目を瞬いた。母子手帳って、こんなふうなんだ。
 マンションまで変えると、植え込みの前に雄也さんが立っていた。手には洋菓子店の箱がある。

「雄也さん?」
「ああ、おかえり海雪。タイミングがよかった。買い物帰りかい? 少し寄らせてもらったよ」

 そう言ってどうやらケーキが入っているらしい箱を私に掲げて見せた。私の好きな洋菓子店のケーキだ。雄也さんは実家にいるときからここのケーキをこっそり買ってきてくれたりしていたのだ。

「海雪の好きなアップルパイだよ」
「うわあ、ありがとうございます!」

 うきうきしながら部屋に通すと、ソファに座って開口一番に「天城に連絡していないだろう」と苦笑とともに言われた。

「お忙しいと思いますし……それに連絡もつきにくいと言われているので」

 緊急時には基地を通してだっけ、と思いながら言うと、雄也さんは眉を下げた。

「まったく、君たち夫婦は……。ここには奴に頼まれて来たんだよ。元気にしているか心配だって」
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