青春は、数学に染まる。

ひたすら歩き続けてライブハウスから離れる。
外は酷く静かに感じられた。

「ここ、座るよ」
「うん」

私たちは駅前にある噴水の縁に腰を掛けた。
微かに当たる水が気持ち良い。

「真帆、大丈夫!? アイツ…神崎の野郎!! 本当に許さないんだから!!」
「…」



…ビックリした。
本当にビックリし過ぎて、正直これ以上の感情が湧かない。


「あぁもう!! 出入口付近に居て良かったぁ!!」

有紗は怒りながら噴水の水をぴちゃぴちゃと弾く。

「…ねぇ、有紗。あれって私に向けて言ったこと?」
「それしかないでしょ!!」

それしかないのか。

「ああいうチャラチャラした人の思考は分からないね。何考えているのか!!」



…どうしよう。本当に感情が追い付いてこない。



有紗が代わりに怒ってくれているから、それで良いのかなって気持ちまでしてくる。










「お嬢さんたち。もう終わったのですか?」
「ん?」
「はい?」
「………あ!…え?…何で?」


灰色のタートルネックを着て、上に黒のピーコートを羽織っている人が立っている。
目に掛かる長い前髪。まぁ、姿を見なくても声だけで分かるけど。



……早川先生だ。





今日は眼鏡を掛けていないみたい。
先生は私の前に立って、紙パックのいちごミルクを飲んでいる。



「えっと…どちら様?」


この人が誰か理解できないない有紗。私は小声で呟くように言った。


「有紗。早川先生だよ」
「…えぇ!?」

有紗は立ち上がって先生の顔を舐め回すように見る。

「え…嘘でしょ。いつもと全然違う…。分かんないよ、言われなきゃ」
「ふふふ、そうでしょう」

先生は私の隣に座って、いちごミルクを2本取り出した。

「まぁ、これでもどうぞ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます…じゃない! 先生、何でここにいるの!!」
「そう呼ばないで下さい」
「…あっ」

有紗は自分の口を押えた。そんな様子を先生と2人で微笑みながら見る。

「軽音部のライブが何時に終わるかくらい把握済です。大切な彼女がお持ち帰りされては困りますので、様子を見に来た次第です」
「えぇ…それ過保護だよ…」
「ですが、まだ終了時刻ではないのにココに居ると言うことは。何かあったのでしょう?」
「あぁ…まぁ、その…」
「的場さんは、アイツの“何を”許さないのでしょうか?」
「いや、聞いていましたよね。それ」


出た、早川先生の盗み聞き。先生ったらどこで話を聞いているか分からないから怖い。


「盗み聞きでは無くて、的場さんの声が大きすぎて聞こえてきただけですからね」


…いや、何も言っていないのに。心の声まで聞かれているようで怖い。
もしかして心の声、漏れていたかな? そう錯覚する。


「裕哉さん、怖いです」
「真帆さんのことなら、何でもお見通しですよ」
「…そうですか……」

そう言うと先生は噛み殺すように笑う。それに釣られて私も笑いが零れた。

「ちょっとぉ! 私、蚊帳(かや)の外!」
「すみません」
「謝るだけかい!!」


有紗の叫ぶ声が駅前に響き渡った。







 
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