気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
 始業は九時だが、ひと息つく間もなくパソコンを立ち上げ、副社長のスケジュールの最終確認をする。
 夕方に訪問予定の取引先から急遽キャンセルの連絡メールが入っていたため日程の再調整をし、空いた時間には営業部長との打ち合わせを入れる。
 関係部署宛のメールを作成していると、美貴が声をかけて来た。
「咲良ちゃんおはよう。昨日は大丈夫だった? かなり遅くまで残ってたの?」
 昨日の副社長が起こしたトラブルは、当然美貴も知っている。
「いえ八時くらいには終わりました。関係部署の皆さんが柔軟に対応してくれて、とても助けられました」
「よかった。それにしても副社長の行動は目に余るわね。どうしてあんなに危機感がないのかしら。社長はいつもピリピリしているって言うのに」
 声を潜める美貴に、咲良もこっそり問い返す。
「経営状態ってそんなにまずいんですか?」
 美貴は憂鬱そうに頷いた。
「私たちが思っている以上に酷いみたい。ライバル会社の甘玉堂(かんぎょくどう)はぐんぐん売上を伸ばし業績好転しているのにね」
 顔をしかめながらの美貴の言葉にどきりとした。
「咲良ちゃん、どうかした?」
「いえ……甘玉堂って私が営業部に居た頃はぱっとしなかったんですよね。売上実績もうちとは大分差がついていましたよね」
 甘玉堂が過去の勢いを取り戻したのは彼らが注文から納品までの流通管理システムを一新したのがきっかけと言われているが、その効果は金洞商会が想定していたよりも遥かに絶大だった。
 当然だが業務の合理化が進むことで、経費が削減し利益率が上がる。
 ただ、ヒット作が次々に出るのはそれだけでは説明がつかない。
 甘玉堂は新製品だけでなく、リバイバル商品までもがSNSで評判になり子供たちの関心を引いていると報告が上がっていることから、宣伝方法も何か新な試みをしているのかもしれない。というのが金洞商会の認識だ。
 その功績者が颯斗だと言うのを知ったのは昨夜のこと。
 まだ鮮明に残る別れの悲しさに咲良の胸はずきりと痛む。
「今となっては立場は逆転。見事だけど、私たちとしては憎らしい相手よね」
「そ、そうですね」
 美貴の言葉は甘玉堂だけでなく、颯斗の会社に対するものでもある。
(昨夜のことは誰にも言えない。秘密にして早く忘れないと)
< 20 / 108 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop