気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
 疲労を感じてふと時計を見ると、午後五時を指していた。
 咲良は席を立ち颯斗のところに向かう。毎日大体この時間に明日のスケジュールの最終報告をしているのだ。
「渡会CEO、明日のスケジュールなんですが一部変更があります。午前十時からの顧客打合せが先方の都合で延期になりました」
「分かった。空いている時間に入れられそうな仕事は?」
「開発部門でのミーティングがありますけど、入られますか?」
「そうしよう。それから今夜なんだけど」
 颯斗が声を潜めた。これはプライベートの話になるサインのようなものだ。
「遅くなるから、先に寝ていて」
「残業するの? 夕食になりそうなもの買って来ましょうか?」
 この後の予定はとくに入っていないが、溜まった資料の読み込みや、新たな企画を練ったり、会社運営について考えるために彼はひとりで作業することがある。
 だから今日もそうだと考えたが、颯斗は気まずそうに断ってきた。
「人と会う約束があるんだ。食事も済ませてくるから咲良も今日はゆっくりしてな」
 優しい言葉だったが、咲良は胸が騒めくのを感じた。
「……その用事ってさっき羽菜さんと話していたのと関係があるんですか?」
「え? ああ、見ていたんだな……いや、関係ない。社外の知人との約束だ」
「もしかして何か困ったことでも? あの、実家の件とかで」
 だから羽菜と深刻そうに話していたのではないだろうか。
「違うから咲良は心配しないで大丈夫だ」
 颯斗の声音は穏やながらも、はっきりと否定しそれ以上語ろうとはしなかった。
「でも……いえ、なんでもないです」
 踏み込んではいけない壁が出来たような気がして、咲良はそれ以上に何も言えなくなってしまった。

「駒井さん、お久しぶりです。あ、すみません今は渡会様でしたね」
 久々に顔を出した霽月のマスターにそんなことを言われ、咲良はクスっと笑みを零した。
「大丈夫です。それに夫と来たとき分かり辛くなりますよね。よかったら咲良と呼んでください」
 時間が早い為か、客はまばらで、マスターは咲良をカウンター左端の席に案内した。
「ジントニックをお願いします」
 そう時間を置かずに出されたジントニックを口に運びながら、咲良は頬杖をついた。
(颯斗さん、どこに行ったのかな……誰と一緒なんだろう)
< 88 / 108 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop