岩泉誠太郎の結婚

婚約者?登場

 月曜からは普通に出社した。

 家では甘々どろどろな岩泉君との攻防が依然として続いていたが、会社では意識するまでもなく、これまで通りの副社長と平社員。接点すらないので平穏無事に過ごしている。

「その指輪、素敵だね~。最近ずっとつけてるけど、もしかして彼氏でもできた?」

「え!?いや、そんな、違います!」

「え?何?慌て過ぎじゃない?本当に彼氏!?嘘、どんな人?紹介とかしてくれないのー?」

「いや、本当に違いますって!」

「えー絶対嘘だー。椿ちゃん初の浮いた話、興味津々なんですけどー」

 この指輪は当然岩泉君からのプレゼントだ。

 私が指輪を受け取らなかったことを地味に気にしていた岩泉君に、後日シンプルな指輪を渡され『男避けにつけておいて欲しい』と半ば無理やり押しつけられてしまったのだ。

 男避けなんてなくても今まで誰も寄ってこなかったんだから、指輪なんて余計な憶測を呼ぶばかりで面倒にもほどがある‥‥こんなの本当いらないのに。

「安田さんみたいに男っ気ない子に限って、案外さくっと結婚しちゃったりするよねー」

「そうそう、それで私みたいにアンテナばりばりに張ってる女は避けられて売れ残るのよ‥‥って、川口さん酷くない!?」

「いやいや、俺はなんにも言ってなくない?」

 ふう‥‥川口さんのおかげで話がそれた。

「指輪といえば、王子が結婚するって噂、川口さん知ってる?」

 ん?王子って、岩泉君のことだよね?

「いや、俺は何も聞いてないけど。それ、どこからの情報?」

「秘書室の子。王子がなんか凄い婚約指輪を注文してたらしくって。前から噂になってた見合い相手といよいよ結婚か!?って騒いでた。川口さん、王子と親戚だったよね?川口さんが知らないなら、デマなのかなー?」

「そうだねー。誠太郎の結婚が決まったら俺の親が『お前も早く結婚しろ!』って大騒ぎするはずだから、俺が聞いてないってことはデマなんだと思うよ?」

 凄い婚約指輪は思い当たるけど、噂の見合い相手は知らないな‥‥でも、デマなら気にしなくても大丈夫、だよね?

 岩泉君と暮らし始めてまだ少ししか経っていないけど、この程度の噂話じゃ動じないくらいには好かれてることを実感していた。彼は間違いなく私のことが好きなのだ。

 毎日毎日『かわいい、大好き、愛してる』と囁かれ続けた結果、いつの間にか素直にその言葉を信じられるようになっていて、私の気持ちにも変化が生じている。

 憧れでしかなかった高嶺の花の岩泉君を、私は愛しいと感じ始めていた。
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