おじさんとショタと、たまに女装

ずぶ濡れ


 その日は、季節外れの大雨で強い風が吹いていた。
 ボロい二階建てのアパート全体が、揺れている。
 まるで台風だ。

 一応、対策として窓の上に設置してある、シャッターを下しておく。
 ちょっと錆びているが、やらないよりマシだろう。
 しかし……それより気になることがある。

 航太のことだ。
 まさかと思うが、こんな日も家から出て、廊下に座り込んでいないよな?
 屋根があるとはいえ、この豪雨なら一瞬でずぶ濡れになるぞ。

 玄関に向かい、そっとドアを開けてみると……。

「あっ!?」

 思わず、大きな声を出してしまった。
 頭からずぶ濡れになった少年が、廊下に座り込んでいたから。

 ピンクのショートダウンを着ているとは言え、下は黒のショートパンツ。
 つまり素足だ。
 ダウンにはフードが付いているから、それで頭を守っているようだが……。
 叩きつけるような強い風が、顔面に襲い掛かる。大粒の雨と同時に。

「お、おい! 航太! なにしている?」

 傘立てから壊れた傘を取り出し、慌てて航太の元へ駆け寄る。

「あ、おっさん」

 振り返る彼の顔を見て、俺は胸に強い痛みを覚えた。
 びしょびしょに濡れた頬。小麦色の肌が青白くなっている。

「お前……なんでこんな日に限って、外にいるんだよっ!」

 思わず口調が荒くなってしまう。

「そんなに怒んないでよ……。だって母ちゃん、また家に男の人を連れ込んでいるからさ」
「くっ……」

 こんな時も男かよ。
 さすがに苛立ってきた。

「だからって、外にいることないだろ! 風邪引くし、この強風だ。コンビニとかあるだろ?」
「え? コンビニとか、面倒くさいよ。買い物しないで居座るの、悪いし」
「じゃあ、俺ん家に来い!」
「いいの?」
「ああ! さっさとここから離れるぞ」

 そう言って、航太の細い腕を掴んだ瞬間。
 彼の体温が冷え切っていることに気がつく。

「航太。お前、どれぐらいここにいた?」
「んと、2時間ぐらいかな?」
「バカっ! それなら、俺ん家のチャイムを鳴らせよ!」
「ごめん……」

  ※

 とりあえず、航太にタオルを3枚ほど渡して、濡れた身体を拭くように指示する。
 彼がタオルで身体を拭いてる間、俺は風呂場へ直行し、浴槽にお湯を溜め始めた。

「航太、いま風呂を沸かしているから、あとで入れ……って」

 と言いかけている途中で、俺は言葉を失ってしまう。
 脱衣所の前で、航太は着ていた服を全て、床に投げ捨てていた。
 つまり、素っ裸ということだ。

「あ、おっさん。この濡れた服なんだけどさ……洗濯させて、もらってもいいかな?」
「……」
「ん? どうしたの?」

 首を傾げ、上目遣いで俺を見つめる。

 男とは思えないような、華奢な体型。小麦色に焼けた美しい肌。
 小さな顔には納まりきれないぐらい、大きなブラウンの瞳。
 胸には、ピンク色の小さな(つぼみ)が二つ。
 上半身だけ見ていると、女の子と間違えてしまいそう。
 
 だが間違いなく、彼は男の子だ。
 その証拠に、男性としてのシンボルが股間にある。
 中学2年生にしては、随分と可愛らしいものだが。
 まだ毛も生えていないし……。

「ねぇ、おっさん! 聞いているの!?」

 航太に身体を揺さぶられるまで、我を失っていた。

「え……?」
「このロンTさ、乾燥機とかにかけないでほしいの!」
「ああ、そんなものは家にないから……とりあえず、風呂に入って身体を温めて来いよ」
「わかった! ごめんね、いきなり家に上がったのに、洗濯までしてもらってさ」
「構わんさ」

  ※

 シャワーから流れる水の音と、甲高い声が混ざって聞こえる。
 航太の鼻歌だ。

 俺はと言えば、洗濯機に彼の服を入れてスタートボタンを押してから、数分間固まっている。
 困惑しているからだ。

 自分が怖い。
 いくら何年もご無沙汰だからって、あんな少年の裸を見ただけで……。
 心臓の音がバクバクとうるさい。

 大丈夫、混乱しているだけだ。
 俺は元カノの未来と、付き合っていた時期もある。
 絶対に”ストレート”さ。

 と洗面台の鏡に映る、自身の顔を眺めながら、頬を叩く。
 しかし、次の瞬間。鏡に二つの蕾が映し出されると。
 身体が硬直してしまう。

「おっさん! あとでドライヤー貸してくれる?」
「……ああ」

 今晩はなるべく早めに帰そう。
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