目と目を合わせてからはじめましょう
 彼女も少し落ち着いてきたのだろうか、深呼吸をした後、声のトーンが穏やかになった。

「もう、動かせるようになったので、大丈夫です。それより、どうして倒れたのか、教えていただけますか?」

そりゃそうだよな。一晩、ろくに知りもしない男の下敷きになっていたのだから。話すしかない。

「そうですよね…… 多分、ブランデーかと……」

「ブランデー? もしかして、ケーキに入っていた?」

「はい。それと紅茶にも」

「酔い潰れたってこと?」

そんなにはっきり言うなよ。


「職務上、あまりアルコールは口にしないのですが、ブランデーに特別弱くて、寝てしまうんです。もう少し大丈夫だと思ったのですが、一気に回ってきてしまって」

「だったら、言えばよかったじゃないですか?」

言えるわけないだろ? ケーキに入ったブランデーで酔ったなんて。

「いえ。任務ですから」

「いえ。迷惑です」

 彼女ははっきり言った。
 そんな話をしていると、お風呂が沸きましたの音楽が流れた。

「事情はわかりました。お帰り下さい」

そうだな。そろそろ帰ったほうがいいだろう。


俺は立ち上がると、モニターフォンの確認を始めた。

「家中の鍵は確認できてます。絶対にモニターを確認してから、玄関を開けて下さい」

「はい。あなたでない事を確認してから、開けます」

あははっ。彼女にしてみれば俺が一番危険だわな。


やっぱ可愛いな。そう思った瞬間、SPでない、雨宮太一が降りてきた。

「本当に、ごめんな」

心からそう思った。



彼女の家を出ると、怪しい人影はないか? もう一度家の周りを確認した。


体を動かしたい気分で、いつも行くジムに向かった。

いくら激しく体を動かしても、頬に残る柔らかい感覚が消えない。目の前には。黒いレースがなん度も通り過ぎていく。
もうダメだ……

やはり気になって、俺は彼女の家まで戻ってきた。

彼女が家にいる事を確認し、部屋の電気が消えるまで、車の窓からじっと見守った。
< 20 / 76 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop