私はなにも悪くない

1章 鳥籠 1-3


「それでは、今日のレッスンはこれで終わりです。お疲れ様でした」



「お疲れ様でした~」



二時間のレッスンを踊り汗だくとなった私、纏わりついた気怠い服を早く脱ぎ捨て眠りたい。時刻は夜の八時、ランドセルを背負った私は真っ暗な周囲を見渡しながらも重い足取りを一歩ずつ進める。







「さ~い~た~。さ~い~た~」





 

声を出し一人暗い夜道を歩く。風の音はびゅうびゅうと鳴り、街灯はチカチカとちらつく。自宅までの道のりには私の恐怖心を増幅させる物が沢山ある。



「暗いし、怖いし、この時間嫌い。もし翼でも生えてたら家までひとっ飛びなのにな」

 

自然と早足になりテクテクと家へ向かうも、足取りが重い怯えた小学生の歩幅では家までの距離は縮まらない。何度足掻いても私の体内時計は何時もこの帰り道で狂ってしまうのだ。



「お化けでも出て来そう…どうせ出るのなら可愛い猫が良いのにな」



望まぬ願いを祈りながら、一人歩く。歩く。歩く。歯車の狂った体内時計はもうあてにならない、己を激励しながらも前を向いて歩き続ける。



「…お家見えた!怖かったぁ~」



見覚えのある外観、今日も無事に我が家へと帰る事が出来たのだ。



「ただいま」

 

玄関に揃えられた一足の革靴、傍に並べ脱衣場へと向かうと視線の先で揺らぐ暖かい人影。



「……今日はお風呂、良いや。」

 

ベタ付いた身体をタオルで拭い、着替えを済ませた私はテーブルに置かれたボンゴレパスタのお弁当を温める。お母さんはもう寝たのだろうか、視界に映る襖には一筋の光が漏れていた。



「なんだ、起きてたんだ…」



「チン」と言う音が鳴る。テーブルの上にあった一輪差し達を端に寄せ、お弁当の蓋を開ける。嗅ぎ慣れ親しんだチェーン店、ボンゴレパスタの匂いが辺り一面に広がった。



「私、パスタならカルボナーラが一番好きなのにな。いただきます。」

 

一人で食べる食事も慣れてしまえば問題無い。手早く食べ終え、生ゴミを投げ捨てる。



「ごちそうさま。」

 

端に寄せたカルボナーラのパスタとコロッケ二個、そしてビール用のグラスを中央へと戻す。何も不思議に感じる事はない。我が家に関してはこれが「普通」なのだから。



食事を終え、二階の自室でづつうに今日の話を綴る。毎日一方的に聴く事がづつうの存在意義であり、仮初の王子様の責務なのだ。





「ねえづつう聴いて?今日先生に褒められたの!今日は運が良い日だね」

 

私が強く抱きしめているせいか顔の部分が変形し、口が無いづつう。これでは話しかけても会話をする事が出来ない。何故ならづつうは口が無いのだから。





「づつう聴いてる?返事は?」



づつうを離し、口が戻ったづつう。しかし話しかけても会話をする事は出来ない。何故ならづつうはぬいぐるみなのだから。





「あぁ~もう!やっぱりづつうじゃ物足りないっ!毎日私の話を聴いてくれる王子様が現れてくれたら良いのにぃ~!」



づつうを置き、明日の準備をする私。これでは夏木愛は会話をする事が出来ない、何故なら子供はもう寝る時間、なのだから…。





「おやすみ、づつう」







私の「普通」が。日常が。一日が。終わる。



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