私はなにも悪くない

1章 鳥籠 1-5






「1,2、ステップ踏んで?3、4、歩幅!それに下見ない!常に観客席意識して前を向く!」



先生から飛ぶ愛の鞭、発表会まで残り一週間を切った今私達は一分一秒も無駄には出来ない。



「前向くの忘れない!笑顔を切らさない!動き小さいよ!!」



一つ一つを考えながら踊っていては、どこかで思考が止まり違和感のある挙動となる。全ての所作をミス無く完璧に魅せる為には、頭より先に身体が動くよう叩き込まなければならない。一瞬の躊躇がバレエにおいては全てを大きく狂わせる命取りとなるのだ。



「指先を伸ばして水平に、小さく纏まり過ぎないよう弧を描く。見られてる事を意識しなきゃ」



考える前に己の肉体へと反射的に繋がるよう、納得するまで教え込む。自然体な演技となる理想形を追い求め、最後まで身体を動かし続けていく。



「はい止まって~1、2、3、4、5、6、はいターン!」



「7、8、ステップ踏んで~9、10、はい笑顔!動作は綺麗に静止して~」



二人だけの居残り練習、流れるような指先は一挙手一投足が美しく魅せる自然体な演技。先生と比べたら私はまるでブリキのロボット、今はこの背中に食らい付くだけで精一杯だった。





「笑顔忘れてる!」





「すみませんでした!!!」





居残り練習を終えた足元には汗の湖が溜まる。努力の証と言えるだろう、流した量だけキレは良くなり成長する。相方として踊る以上恥ずかしい演技をしたくはない、恋する乙女は健気な負けず嫌いなのだから。



「じゃあ今日はここまで。後は細かい所作と笑顔を忘れずに意識することだね」



「はい!ありがとうございました!!」



「夏木ちゃんも夜遅くまでお疲れ様でした。夜道には気を付けてね?それと…これ、発表会の案内ポスター。親御さんに渡しておいてね」



「…はぁい、わかりましたぁ」



ランドセルの中にポスターを入れ、先生との名残惜しい時間を後にする。時刻は夜の十時、居残り練習の弊害かかなり遅くなってしまった。







「さーいーたー。さーいーたー」







声を出しなるべく不安を取り除く、沢山踊ったからだろうか足取りと身体が鉛のように重い。まるで私の身体じゃないかのように、足を運ばせながら暗い我が家へと帰って行く。



「ただいま」



消えた玄関の電気を付け、靴を並べる。そのままお風呂へと向かった私はランドセルを放り投げた。汗でベタ付き冷たくなった心と身体を、温かい温水で洗い流したかったのだ。



「はぁ…なんか疲れちゃったなぁ」



穢れた汚れを洗い流し、心に余裕が出てきた私は鏡の前でポーズを取る。今日のおさらい、納得のいく演技が出来るか噛み締めながら舞い踊る。



綺麗で細い脚。張りのあるお尻。引き締まったウエスト。年齢に見合わない発育した胸。鏡に映った女性の身体は、自分でも惚れ惚れするまでに鍛え上げられていた。



「私の身体…凄く綺麗。私ってやっぱり大人びて見える?」



跳ねるように目を凝らし観察する。大人びた身体付きは、まるで私が本当に大人となれたかのような自信を付けさせる。



「このスタイルなら先生の隣に立っても遜色無いよね。待っててね?先生」



植え付けた自信は私の活力となり原動力へと繋がる、発表会は主役の私に全て掛かっている。



磨き上げられたスタイルを確認した私はくびれに手をあて一杯の牛乳を飲み干した。一日でも早く大人になりたい、反省と後悔はしたくない。



「さ~てと。今日のご飯はなんじゃらほい…カレーだ、やったね。」

 

カレーを温める間にランドセルから発表会のポスターを取り出す。テーブルの端に置いた私は大好きな甘口カレーを頬張った。



「ふぅ美味しかった。あっ、玄関の電気消さないと殺される」



一人食べ終えた私は消し忘れた電気を消しに走る。一階はライト一つとて差し込まない。この家で今活動しているのは、私だけ。



「づつうただいま!今日は待たせたね!」

 

今日は沢山話したい。望んだ形に変形し、私の求める聴き手となるづつう。そんな私色に染め上げた仮初の王子様に対し思いの丈をぶつける。





「づつう聴いて、今日は先生と練習したんだよ?やっぱり先生は凄い人なの!私は踊っている時笑顔が消えたり手足を伸ばしきれなかったりで甘い所が多かったんだ、だからもっと完璧に踊れるようにしないとなの。次も先生と一緒に踊れるとは限らないしね、絶対に反省も後悔もしたくないからさ。責任を持って私は先生ともバレエとも向き合いたいの」







「だからさづつう、づつうだけはずっと私の味方で居てね」









完璧に踊り、一人の女性として扱われたい。私の運命は来週全てが決まるのだ。



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