青春は、数学に染まる。 - Second -


活動開始から1時間が経過し、有紗と浅野先生は数学科準備室から出て行った。


早川先生と2人。
静かな時間が訪れる。



「藤原さん。この前言った、お揃いの物を買いに行く件です。テスト返却が終わってすぐのお休みで行きませんか」
「良いですね。ですが先生、ショッピングセンターとか行けないんじゃ無かったですっけ?」
「……この近辺がダメなのです。遠くなら問題ありません。また、隣の県に行きましょう」


机の上に置かれている先生の手に、そっと指を重ねてみた。
大きな手が、素敵。

何度も見ているはずなのに、何度見ても飽きない。


「そう言えば、少し真面目な話をします」
「…はい」

少しズレた眼鏡を直し、真っ直ぐな目でこちらを見る。
“先生モード” に切り替わった。


「顧問として質問するのですけど、藤原さんは現在、進路についてどうお考えですか」
「………進路?」

今まで一度も先生の口から出てこなかったワードにビックリした。


進路…。
こんなこと言うとあれだが、1ミリも考えたことが無い。


「大学進学か、就職か。その大まかな道筋を立てる時期に来ています」
「そうですね…」


漠然とだが、進学をできればしたいと考えてはいた。

ただ、将来何をしたいかまでは決まっていないから…。
進学したい先は大学なのか専門学校なのか…全く分からない。


「………」



…うん、今は分からん。


回答に悩んだ私は椅子から立ち上がり、早川先生の耳元に顔を近付けた。



「…藤原さん?」
「…………裕哉さんの、お嫁さんという選択肢はありますか?」

消えそうなくらい小さな声で囁いてみる。



一瞬フリーズした先生。
しばらくすると耳まで真っ赤にして、思い切りこっちを向いて口を開いた。




「…何ですか。早川真帆さんになってくれるのですか?」
「えっ!!」




予想外の返答に、今度は私の方が真っ赤になってしまった。



早川…真帆…。
その一言に、心臓が驚くほど飛び跳ねる。


「せ、先生の馬鹿!」
「いや…真帆さんが先に言い出したのでしょう」




すっかり”先生モード” がオフになってしまった先生。
まぁ、私のせいだけど。


先生は私を強く抱き締めて、優しく唇を重ねた。


「…しかし…真帆さん。進学でも就職でも、ご自身がやりたいことを優先して決めて下さい。その決断を、僕は隣で一生応援し続けます。そしていつか、真帆さんのやりたいことが叶った時。その時に僕と一緒になって下されば…これほど嬉しいことはありません」


先生の優しい言葉に胸が熱くなる。


…しかし、私がやりたいことかぁ。

本当に、何だろう。
私は何がしたいのだろうか。




「…先生、やりたいことが見つかりません」




将来の夢なんて考えたこともない。
大体この高校すら、制服が可愛いからという理由だけで選んで入学して来たのだから。


夢がある人って、凄いよね。


「……そうですか」


私を抱き締めたままの先生は、手を頭に回してポンポンとしてくれた。


「大丈夫です。もう少し悩めます。しっかり自分と向き合って、最適な進路を決定させて下さい。僕はいつでも相談に乗ります」
「…裕哉さん。何だか、教師みたいなこと言いますね」
「ふふふ、何ですかそれ。真帆さん。残念ながら、貴女の彼氏は教師なのです」
「………知ってた!!」


体を抱き上げられて、そのままお姫様抱っこをされる。
目線が同じになった先生と私は、どちらからともなく唇を重ねた。





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