青春は、数学に染まる。 - Second -




「…真帆さん」

「え…?」



数学科準備室に向かって歩いていると、突然私を呼ぶ声が聞こえて来た。

呼ばれた方向に顔を向ける。
そこには、廊下の窓にもたれかかっている早川先生がいた。



「…え、先生」




静かで誰もいない廊下に、愛おしい人が1人。




何の迷いも無く、私はその胸に飛び込んだ。






「…真帆さん、大馬鹿ですね」
「………何で?」
「教室での声が大きすぎて響いていました」
「………聞いていたってこと?」
「その時3組の教室にいましたので。残念ながら、そういうことです」



恥ずかしすぎて血が一気に全身を駆け巡る。

何も考えずに叫んでしまった自覚はあったが。
まさか本人が聞いていたとは微塵も思っていなかった。


その一方で、先生は何やら嬉しそうな表情をしている。


「僕、浅野先生のように生徒に囲まれることに憧れを抱いていました。しかし、そんな憧れは不要でしたね。こんなにも僕のことを思ってくれている人がここにいるのですから。これ以上望むことは何もありません」


先生は両腕で包み込むように、優しく抱き締めてくれた。




「真帆さんが数学不得意で、良かった」
「…」
「この学校が、数学だけ補習を行っていて良かった」
「…」
「赤点を取ってくれて、良かった」
「…」
「そして。赤点の常習者でいてくれて、良かった」
「……何だか、物凄く(けな)されているような気がします」
(けな)していませんよ」




そっと私の耳元に口を近付けて、囁くように先生は言った。






「つまり、何が言いたいかと言いますと」


「この場所で貴女と出会えて、貴女に関われて、良かったということです」






春の暖かな気候。
太陽のポカポカとした日差しが私たちに降り注ぎ、窓の外に見える桜の木は風に煽られて大きく揺れていた。




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