婚前どころか、フリですが ~年下御曹司?と秘密の溺甘同居~
8、フリではなく





アナウンサーが桜の満開を声高らかに報せている。テレビを消して出勤だ。春の暖かな日差しの下、歩き慣れた道を行く。
季節は巡り、櫻坂の桜並木で告白をしたあの日から一年が経った。あの時もちょうど、桜がいちばん綺麗だったなと思い出す。

オフィスに人が集まってくると、今日はいつもと少し違う光景。
部長が花束を後ろ手に持っていて、広報部の社員に囲まれているのは菫だ。驚くほど花の似合わない部長がぎこちない手つきで菫に花束を渡す。

「矢野、いつでも戻ってきていいからな!」

菫は部長のセリフにおかしそうに笑い、大きなお腹を愛おしそうに撫でた。

「皆さん、ありがとうございます! 元気な子を産んできます!」

菫は明日から産休に入る。結婚三年目、待望の妊娠を報告してくれた時のことはよく覚えている。夫婦ともに体に問題は無いのになかなか子どもを授かれないと悩んでいるのを知っていたから、私も本当に嬉しかった。
菫は盛大な拍手とお祝いの言葉を受け取り、花束を傍らに産休前の仕事納めに取り掛かる。…前に、隣のデスクから菫が身を乗り出して囁いた。

「次は小春の番だよ」
「私? なんのこと…」
「夏樹、プロジェクト成功したらしいじゃない。一年でよくやるよねぇ、愛の力は偉大だわ」

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