遠回りな恋の歌

1.幼なじみの切なさ

 軽音部での練習を終えると、すっかり空が濃い藍色に変わっていた。
 十月も半ばを過ぎると、日が暮れるのが早くなる。
舞衣花(まいか)!」
 下駄箱のところで私を呼ぶ声がした。
(そう)くん」
 心臓が、とくんと小さな音を立てる。
「部活終わったんだな、いっしょに帰ろう」
 ニッ、と私に笑いかける蒼くんは、私よりひとつ上の高校二年生。
「うん……」
 こうやってときどきいっしょに下校する私たちを見て、友だちからは
「舞衣花~! またあのイケメンの先輩と帰ってたでしょ?」
「いいな~、舞衣花は。あんなカッコいい彼氏いて」
 なんて冷やかされたりするけど、私と蒼くんは付き合ってるわけじゃなくて、家がお隣同士の幼なじみなんだ。

 小学生のころから、私たちはたびたびいっしょに登下校していた。
 中学もおんなじで、高校でもいっしょだから、今までほとんど離ればなれになったことがない。
 だけど……。
「蒼くんも今まで学校残ってたんだね」
「あぁ、模試が近いから学習室にこもってたんだ。家じゃ気が散って勉強できなくて」
 そう苦笑いを浮かべる蒼くんは、私よりもはるかに背が高くて、大人っぽく見える。
 小学生のときは私とあんまり背が変わらなかったのに、あのころがまるでウソみたい。
「舞衣花もずいぶんがんばってるな。最近、遅くまで部活やってんだろ?」
「文化祭が近いから――」
 すると、蒼くんは私の背中にポン、と手をやって。
「そっか、ステージに出るんだっけ。熱心なのはいいけど、がんばりすぎるなよ。舞衣花、たまにムリするとこあるから」
 はげましの言葉で、思わず心がじんわりあったかくなる。
 蒼くんは昔からいつも私のことを気にかけてくれるんだ。
「ありがとう。蒼くんこそ、がんばりすぎないでね」
 蒼くんはちょっぴりはにかんで、
「そうだ、また近いうちにオレん家来いよ。親父がまた古いレコード買ったから舞衣花にも聴かせたいって――」
 小さな針のような切なさが、一瞬胸に刺さる。
 ほんのわずかだけれど、いつまでも深く残る痛み。
「えっと……文化祭が終わってからでもいいかな?」
「ゴメン、そうだよな。舞衣花、今忙しいもんな」
「ううん、私のほうこそゴメンね」

 やがて、私たちの家が近づいてきた。
 仲良く並んだ一軒家の前。
「じゃあ、またな! 舞衣花」
「うん、またね。蒼くん」
 蒼くんは私に大きく手を振ったあと、家の中に入って行った。
 いつも優しくて、私のことを応援してくれる蒼くん。
 でも……蒼くんにとって、私はただの幼なじみでしかないんだ。
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