遠回りな恋の歌

3.沈みこんだ心

「なにボーッとしてんの?」
 軽音楽部での練習中。ポンポンッ、と後ろから頭をたたかれた。
「うわっ!」
 ふり向くと、白い肌に少し明るめの茶髪が似合う、背のスラッとした男子がニヤッとほほえんだ。
 吉良先輩だ。
 吉良先輩は蒼くんと同じ高校二年生で、軽音楽部の中でもひときわ目立つ存在。
 バンドではギター担当で、その演奏ぶりと、目鼻立ちの整った顔立ちに魅了される女の子が大勢いるの。
うちのクラスにもファンの子がいて、
「ねぇねぇ舞衣花、こっそりスマホで写真撮って来てよ!」
 なんて頼まれたことがあるくらい。
 私は吉良先輩、ちょっと派手な感じだから苦手なんだけど……。
 蒼くんも以前、
「吉良? 同じクラスだけど話したことねーよ。なんかいけ好かねぇ雰囲気だし」
 って話してたし。
「舞衣花ちゃん。昨日、白濱(しらはま)といっしょに帰ってただろ?」
 白濱って、蒼くんの苗字。ふたりでいるとこ見られてたんだ。
 吉良先輩はクスクスと笑い声をたてながら、
「ひょっとして、あいつが彼氏?」
 そうたずねられて、かあっ、と顔が赤く染まる。
「そうじゃなくて、蒼くんはただの幼なじみで、昨日は偶然いっしょになって――」
 一生けん命説明しようとしたけど、どうしてもオロオロしてばかり。
「ふーん、つき合ってんじゃないんだ」
 吉良先輩がまつ毛の長い目を細める。
「はい、そうなんです……」
 真っ赤になったままうつむいてると、吉良先輩は、私のあごにクイッと手をかけてきて。
「じゃあ、今日はオレといっしょに帰らない?」
 ええっ!?
 突然の誘いに大きくとまどっていると、
「コラ! 吉良、下級生ナンパしないっ!」
 と、部長が声を荒げた。
「チッ、うっせぇのが来た。じゃあ、またね。舞衣花ちゃん」
 吉良先輩は、そそくさとバンド練習に戻って行く。
 びっくりした~! まだ心臓がバクバク鳴ってる。
 からかわれただけなんだろうけど、なんかちょっと……恐かったな。
「あいつ、スキあらばすぐ後輩に手出そうとするんだから。大丈夫だった? 如月(きさらぎ)さん」
「あ、はい――」
 ありがとうございました、と部長に会釈すると。
「それならよかったけど。最近、如月さん元気ないみたいだから、気にかかってたの」
 ズバッ! と胸の内を見抜かれて、背中に冷や汗が流れる。
 まいったな。周りからも分かるくらい、そんなに凹んだ表情してるかな。
「いったいどうしたの? この前まで、とってもはり切ってたじゃない。好きな人に、自分の演奏聴いてもらうんだって」
「……文化祭が近づいてきたから、なんか緊張してきちゃって。私にとっては、はじめてのステージだし」
 と、笑ってはぐらかしてみせたけど、私の心は、先日の蒼くん家での出来事以来、深く沈みこんだままなんだ。
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