遠回りな恋の歌

5.近いようで、とても手の届かない関係

 気がかりなことは、さらに続いて。
 放課後、いつものように部活に行こうと歩いていたところ。
 あれ、あそこにいるの蒼くん……?
 階段の踊り場で、蒼くんが見知らぬ女の子と話しているのを見かけた。
 サラサラとした長い黒髪が目を引く、人気アイドルみたいにキレイな子。
 あの子誰だろう。もしかして蒼くんの彼女!?
 きっとそうだよね。蒼くん、あんなにカッコよくて優しいんだもん。
 彼女ができるの当たり前だよ。今までいなかったのが不思議なくらい。
 だからバーベキューのとき、あんなに怒ってたのかな。
 いつまでも子どもっぽい私とは大ちがいの、大人っぽくてステキな子もんね……。
 灯っていた明かりがフッと消されたみたいに、胸の中が真っ暗になってる。
 イヤな子だな、私。
 蒼くんに彼女ができたこと、本来なら祝福すべきなのに。
 蒼くんの彼女のことがうらやましくてたまらない。
 小さな頃から蒼くんのそばにいたのに。
 あの子より、ずっとずっと長い時間をいっしょに過ごしてたのに。
 もう幼なじみなんてイヤだ。
 こんな、近いようで、とても手の届かない関係つらすぎるよ……!

 それから数日が過ぎたけど、なかなか練習に身が入らなくて。
 困ったな。こんな調子じゃ文化祭のステージに立てない。
 蒼くんに私の歌なんて届けられない。
 部長たちには悪いけど、今回は辞退しようかな――。
 部活が終わったあと、あれこれ悩みながらひとり下駄箱に向かっていると。
「舞衣花ちゃん!」
 不意に私を呼び止める声がした。
「吉良先輩……」
 駆け足で私のほうにやって来る。
「ちょうどよかった。いっしょに帰ろうよ」
「え?」
 吉良先輩は、私の両肩に手を置いて。
「この頃、舞衣花ちゃん悩んでるみたいだから心配になってさ」
「別に、悩みなんて――」
 私は吉良先輩をふり切って歩き出したけど、
「強がらなくたっていいよ。ずっと心ここにあらずって感じじゃん? オレでよかったら話聞くけど」
 先輩は、いつまでも私の後を追ってくる。
「ほんとうに、大丈夫ですから」
 きっぱりとそう言ったつもりだった。
 だけど、吉良先輩はニヤニヤッと口の端をゆるめて。
「ひょっとして、あいつのことで悩んでる?」
 全身に衝撃がはしる。
 どうしよう、吉良先輩の目はごまかせない。
「白濱となんかあった? こないだはつき合ってないなんて言ってたけど、舞衣花ちゃん、ほんとうはあいつのこと気になってるだろ」
 吉良先輩の妖絶なまなざしが、私のほうに向けられる。
 私は吉良先輩から目をそらしながら、
「……前にも言ったとおり、蒼くんと私はただの幼なじみです。恋人同士なんかじゃありません」
 と、つぶやいた。
 ほんとうは、こんなこと口に出したくないのに。
 吉良先輩は、わざと大げさに驚いて、
「えーっ、ホントにぃ? ホントにそれだけ?」
「ほんとうに、それだけです」
 もうやめて。私のことなんて放っといてよ。
 私は吉良先輩にくるっと背を向けて、その場から離れようとした。
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