結婚お断りします!イケメン准教授からの執拗なプロポーズ

先生の夢

一人暮らしのマンションに帰宅してから頭に浮かぶのは北沢先生の事ばかり。
四年ぶりに会った先生は相変わらずカッコ良かった。

九条さん。

少し低めの声で呼ばれると学生の頃を思い出す。
先生は名門大学の医学部を卒業し、医者にはならずに研究者の道へと進んだ。大学院では博士課程まで進み、脳の作用と感情についての論文で医学博士の学位を取得した。その後はアメリカの国立研究所で博士研究員として二年勤めた後、うちの大学にやって来た。

先生と出会ったのは大学三年生の時だった。私が先生に興味を持ったのは、美しい容姿に引き寄せられたからではなく、先生の講義でアメリカの心理学者ハリー・ハーロウの赤毛ザルの実験を聞いてからだった。

それは適応能力が高く、強い絆を持つアカゲザルの赤ちゃんを使った実験で、母親の愛が子供の発達に重要な役割を担うという事を証明する実験だった。その当時は今と違い、赤ちゃんが母親を必要とするのは授乳の為だけという見方をされていた。ハリー・ハーロウの赤毛ザルの実験はその事を覆した。

実験で、赤ちゃんサルたちには布で作った代理母と、針金で作った代理母のゲージに分けられて入れられた。針金の母にはミルクいっぱいの哺乳瓶もつけてあった。

母親と赤ちゃんの関係が授乳しかないとすれば、哺乳瓶を持たない布製の代理母はサルたちに無視されると考えられていたが、サルの赤ちゃんたちは針金の母ではなく、布製の母を好んだ。母子の関係は授乳だけではない事が証明された。愛を育むには温かくて柔らかい物が必要だという結果を聞いて、泣きそうになった。

亡くなった母は愛情に溢れる人で、いつも温かく優しかった。しかし、母が亡くなってから後妻に入った瑠璃さんは母とは真逆で、私に冷たく、厳しかった。衣食住は与えられたけど、愛情はもらえなかった。瑠璃さんは針金で出来た代理母のような人だった。サルの話を聞いて、私は愛情に飢えていた事に気づいた。
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