コミュ障でド陰キャな僕がずっと好きな幼馴染みに告白したい。
僕は幼馴染みが好きだ。

清楚系で名高い黒色でサラサラとした髪。キュルとした丸い、まるで猫を彷彿とさせるような目つき。鼻が低く、口元が小さい。子どもっぽい顔つきで色白な肌。誰もが惹かれるであろうモデルのような体型。そんな彼女のことが──僕は好きだ。

──しかし、その「好き」という思いを今まで幼馴染みに伝えたことがない。というより、コミュ障でド陰キャな僕が遙かにスクールカーストの高い位置に居る彼女に告白することなんて出来ない。自分の性格もあると思うけど、彼女の立ち位置が崇高な立ち位置でまず触れることが出来るわけもない。

そう思っていた。けど、今、僕はそんな彼女を目の前に──ある所作を行おうとしていた。

胸がドキドキする。アレを行うことって、本当に緊張するんだな。

何度か屋上になびく風を吸う。

目を一度閉じ、ゆっくりと瞼を開ける。目の前に居る──幼馴染みに焦点を据えて。

「僕と……付き合ってくれませんか」



僕があの娘に告白する七時間ほど前。

見慣れすぎた教室で髭の濃い男性が張り切った声で授業を執り行っている中、僕は居眠りをかいていた。いや、本当はするはずがなかった。昨日夜遅くまで寝ていたから寝不足なだけである。

そのせいで、僕は今居眠りをしている。

まあ普通だろうな。そう思う人だって絶対居るし、中には居眠りをしてきた人だっているに違いない。ていうより、授業中に居眠りをするのって誰もがしていそうなことだから──そんなに。

そう思っていたら、教室中に怒声が響く。何事だろう──鉛のように重くなった頭を無理に起こすと、いきなり自分の額に固い物が当たった。

「痛っ……」

額を摩っていると、目の前に先生が立っていた。僕が通っている高校で一番厳しいと言われている先生──高野先生。彼が生徒に向けてチョークを投げたとき、それは彼の怒りが頂点に辿っていることを暗に意味していた。

「痛いも何もないだろッ! なんで授業中に寝てんだお前はッ!!」
「……すいません」

か細い声で謝罪をする。でもまあ、居眠りをしている人だって他に居るのにね。
そう思い、先生にバレないように視線だけを周囲に向けた。僕が叱られている中、絶賛寝ている人達が教室の隅っこで存在していた。

「昨日は何してたんだ?」
「え?」
「だから、昨日は何をしてたんだ?」
「ああ~……。昨日は途中まで勉強をした後、夜遅くまでゲームをしていました」
「この阿呆が!!」

思いっきり怒鳴られ、思わず耳を塞いでしまう。大きく舌打ちを鳴らした後、先生は教卓のある方へ戻っていく。その大きな背中を一瞥した後、「ねぇねぇ」と隣の女子が声をかけてくる。僕が在籍するクラスで随一かわいいと言われている女子生徒──板野陽菜だった。

チャームポイントである大きくてクリッとした目とツインテール。校則を明らかに破っていそうなオレンジ色の髪色。(本人曰く地毛らしいが──明らかに地毛じゃないだろうと僕は勝手に思っている)

「勉強してたん?」

陽菜が明るい声色で尋ねてくる。

「そうだけど」
「へぇ~偉いなぁ」
「何が?」
「だって、勉強すること自体が」

──あぁそう言えば、陽菜って確か学年で下から数えた方が早い方の学力だっけ。

そんなことを片隅で思っていると、「今、バカとか思わなかったよね?」と陽菜が笑顔で言ってくる。首を傾げてくるその姿は可愛らしいなと思う一方、陽菜は今彼氏持ちなんだっけ? と思い出したくもない記憶を思い返す。

「……いや、別に」
「何よ、その口調」
「バカとかそんな風に思ってません~……」
「いや、絶対に思ってるでしょ」
「いやいや……」
「顔赤いよ?」
「へっ……!?」

思わず傍にあるガラスで自分の顔面を見る。まるで某牛丼チェーンで三色チーズ牛丼を頼んでいそうな顔つきで色白な肌。それが自分の顔面だった。

「へぇ……やっぱあの娘が好きなんだ~…………」
「ち、違うって……!!」

思わず声を上げてしまい、教室中の視線を集めてしまう。それらの視線に気がついた僕は「あ……」とポカンと口を開けた。

「お前、なんか質問でもあるのか?」

高野先生が僕のことを笑いながら言ってくる。

「いいえ……特に」

静かに着席した僕は──隣でクスクスと笑っている陽菜を睥睨した後、残りの授業時間を過ごしていった。



「ねぇねぇ、あの娘のどこが良いの?」

陽菜がもぐもぐと食べながら僕に話しかけてくる。
昼休み。クラスの皆が各々昼食を食べている中、僕は唯一の友人でもある陽菜と一緒に昼食を取っていた。悪戯っぽく笑みを浮かべている陽菜に一瞬嫌気が差したものの、僕はあの娘──紗奈のことを脳裏に思い浮かべながら答えた。

「うーん~……全部かな」
「……はっ!?」

と深刻そうに僕を見つめる陽菜。

──嫌な予感しかしないんだけど。

「……まさか、ぞっこん……!?」
「いやまて」
「いやいやいやいや……まさか……まさかね……? まさか君が……あの紗奈のことを……? 紗奈のことを好きになるなんて……?」
「色んなことにツッコみたいんだけど」
「なに?」
「まずさ、僕が恋愛初心者だと思わないで」
「え、なんで?」
「なんでじゃない!!」

──なんで僕はこの人から恋愛初心者だと思われないと駄目なんだ……。

「えだって……君ってあんまり恋愛経験無さそうだし……」
「失礼な! 僕だって恋愛経験ある!」
「え、あるの?」

目を白黒させる陽菜に対し、僕は軽く頭痛を覚えてこめかみを押さえる。陽菜と相手していると疲れるのは何でだろう……。

「まあ、良いんじゃない? 誰だって恋をするのは当たり前なんだし」
「陽菜にしては珍しく真面目なことを言うな」
「珍しくは余計」
「はいはい……」
「それで、紗奈のどこが好き?」

と言われ、僕は暫し考える。脳裏に紗奈の姿を思い浮かべながら──僕はこう答えた。

「強いて言うなら──笑顔、かな」
「……ベタだねぇ」
「だって……笑顔が眩しい女性って良い女性って言うじゃん」
「…………そんな言葉、いつ覚えたの」

退き際に陽菜に言われ、少しだけカチンとくる。何だか腹立つな。

「いつ覚えたかどうかなんて良いでしょ」
「はいはい。それで──」
「それで?」
「いつ、告白するの?」
「え?」
「え? じゃないの。こういうのは早く告白した方が良いのよ」

掌をパタパタと振りながら陽菜は話す。態度がまるで恋愛上級者のような態度だった。僕は「告白の予定なんてないよ」と一言答えると、陽菜が「ええっ!?」と驚き始めた。

「勿体ない!! 折角の恋愛を棒に振るなんて!!」
「そんな大袈裟なリアクションしなくて良いよ……。僕なんか、恋愛に元々から向いてないんだから……」
「なんで?」
「なんでって──だって、コミュ障でド陰キャだもん」

他人からも──自分からも言われるほど、僕はどうしようもなくコミュ障でド陰キャだ。顔色は常に暗いと言われるし、知らぬ赤の他人とは全然話せないし──話せたとしてもそれは親戚か中学からの友人か──それとも、誰も言えないような秘密を僕と共有しているその人だけしか、僕は話せない。

目の前に居る陽菜は話せる。というより、あちらからぐいぐいと迫ってくるから、僕は話のペースに着いてこられているだけだ。まあ、陽菜とは僕の秘密を知っている唯一の友人だけだけどね。

「……そっか」
「……ごめん」
「謝らなくて良いよ。そのせいで──」
「そのせいで?」
「君のことがどうしようもなく好きになっちゃっているんだもん」

その陽菜の笑顔に──僕はどうしようもなく、困って頬を赤らめた。



放課後。陽菜のあの告白と笑顔が脳裏に掠めている中、日直の合図と共に僕は教室を出る。背中を縮めながら廊下を歩いている時、後ろから「ねぇねぇ!」と元気な声がかかる。

──陽菜だろうな。

そう思って振り向くと──そこに立っていたのは、あの紗奈だった。僕の幼馴染みであり、好きな人。告白したいと思ってもなかなか行動に移せないと思っている、僕が好きな女性──紗奈だった。

「今、1人?」

紗奈が僕に近づくや否や微笑みながら話してくる。胸の高鳴りを少しずつ押さえながら──冷静になりながら、僕は口を動かす。

「え、あ、うん」
「良かった」
「……なんか用、なの?」

そう言うと、紗奈はモジモジし出す。何だろうか。

「ちょっとね。少しの時間、屋上に来てくれるかな?」

──え、これってもしかして確定演出?



てなわけで、僕は今紗奈と一緒に学校の屋上に居る。冷たくなびく風を頬で感じながら僕は紗奈におぼつかない足元で近づく。

「用ってなに?」

そう言うと、紗奈はフェンスを背にして僕に顔を向けてきた。

「私の友人の陽菜って子が……なんかあなたが告白したがっているって聞いてね。それで君を呼び出してきたんだ。ほら、あなたコミュ障って聞いたし」

──余計なことをするなぁ……陽菜……ァァ……!!

内心陽菜に対しての恨み節を吐いていると、「どうしたの?」と紗奈が柔らかな笑みを浮かべて僕を見つめてくる。胸が高鳴った。

「え、あ、その」
「緊張しなくて良いよ。私もコミュ障だし」
「え?」
「私もここに来る前は──と言っても今も変わらないけどね──コミュ障だったし、誰とも話せなかったから。だから安心して」

意外な事実だった。幼馴染みとはいえ、まさかそんな事実があるなんて……。そう思いながら、「あ、あの!」と僕は声を上げた。途端に陽菜の声が脳裏に蘇ってくる。

──こういうのは早く告白した方が良いのよ。

そうだ。恋愛は早い者勝ちだ。誰が一番この子──紗奈を手に入れる勝負でもあるんだ。
僕はスゥーと息を吐いて、瞼を閉じる。意を決して瞼をゆっくりと上げ、焦点を目の前に居る紗奈に据えた。

「僕と──付き合ってくれませんか」



「……付き合うのは、まだ早いかな」

と紗奈は言った時、僕の心は崩れかけていた。いや、既に崩れている。瞳から頬を伝って何かが垂れてくるのを感じつつ、「でもね」と紗奈の話を聞いた。

「別に君が駄目って訳じゃないんだ」
「え」
「君の優しいそうな性格とかさ、私好きなんだよね。それに──私たちって幼馴染みじゃん?」
「そ、そうだけど……それが?」
「だったらさ、こうしない?」

と言い、紗奈は唐突に僕の唇に指を当ててきた。彼女との距離が一気に縮まり、思わず頬を赤らめてしまう。胸がドクンドクンと高鳴る。

「友人以上恋人未満の関係として築き上げていきながら……」
「紗奈が僕にオチたら……恋人になっても良い……ってこと?」

僕は紗奈の話を繋いで話すと、彼女は「そう!」と人差し指を天に向けた。そして、その指をゆっくりと僕に向けて、

「よろしくね! 正道くん!」

と溌剌な声と共に紗奈はそう言った。屋上から去って行く彼女の背中を一瞥しながら、「よろしくね」と小声で呟いた。春風が僕の頬を擦った後、僕もまた紗奈の後を追うかのように屋上を去って行った。



これはコミュ障でド陰キャな僕がずっと好きな幼馴染みに告白するまでの話であり──その幼馴染みが僕に恋をするまでの話だ。そして──

僕があの幼馴染みを殺すまでの話。
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