完璧主義な貴方の恋のお相手は、世話が焼けるくらいがちょうどいいでしょう?
 リチャードは上手いことシェリーとアランを引き離すことに成功した。

「私、アランとはまだ一度しか踊っていないけど……」

 不満そうなシェリーのことはひとまず無視して、リチャードはさりげなく人目に多く触れさせるようにした。せっかくの機会だ、交流を広げさせたい。
 
 シェリーからすれば、例えマナー違反だといわれようとも、あのままアランと一緒にいた方が気が楽だった。いずれパートナーが途切れてしまったらと思うと心細かった。

「放っておいたら、なんだかそのまま踊り出しそうでしたので……」

「何よ、その言い方」

 ホームパーティーで見かけるどこでもダンスを踊る子どものことを言っているようで、シェリーは思わずムッとした。

「良かったら、私と踊ってもらえますか?」

 幸いにも、シェリーはすぐに声を掛けられた。にこにこと人懐っこい顔で笑う紳士は随分と年上のように見える。口元には豊かな髭を生やしていた。

(……サンタさんみたい)

「ええ、喜んで」

 シェリーは声を掛けて貰えたことと、可愛らしい老紳士がパートナーになったことにほっとしたように笑った。彼の手は大きく、しっとりと柔らかい手だった。

 リチャードの方を振り返ると、満足そうに頷いていた。

 リチャードはシェリーと踊っている男性の方ばかりを注意深く観察しているようだった。これはどのパーティーに参加しても同じだった。手の位置、顔の動き、それから視線。

 そんな所を見てどうするの、と訊ねたことがある。

『それで大体のことはわかってしまうものですよ』

 なんて、嘘か本当かわからないことを言っていた。リチャードは腕を組み、真面目な表情で観察を続けている。

 シェリーは彼に気付かれてしまう前に、そっと目を逸らした。

 リチャードは再び部屋の隅の方へと移動した。シェリーは文句を言いながらも楽しそうだった。それを見て、ほっと安堵の息を吐く。

 どの令嬢もきっと敵わない、この舞踏室の中でシェリーが一番美しい。

 リチャードは胸を張ってそう言えると思った。現にダンスの相手は途切れないし、さっきから目付け役の母親達が彼女を注意深く偵察しているのも、彼女に脅威を感じているからだ。

 ドレスも、髪も、化粧も、振る舞いも完璧だ。何より、彼女は本当によく笑う。今だって、初対面の男性と親しげに話しているのが見えた。誰からも愛される、あの愛嬌は天性のものだろう。

ーーだから、放っておけないんだ。

 暗がりで身を隠していると、なかなか際どい情報が手に入ることもある。

 どこぞの令嬢が、今夜こそ意中の相手に求婚してもらえるように裏で工作をしている話とか、三人もの女性に同時に交際を申し込んだ話とか……。

 例えば、今シェリーが踊っている男性は大富豪だが若い女性に目がないらしい。ダンスが終わったら、早々にシェリーから引き剥がさなくては。

「……あれ、コールドウェル姉妹の妹の方だろう」

 リチャードの斜め前で座って談笑する男性二人は、まさか近くにコールドウェル家の人間がいるとは思わずに噂話を始めた。息を殺して、リチャードはじっと聞き耳を立てた。半分は好奇心からだった。

「ああ、そうだ。目付け役は夫人かな、見当たらないようだが……まあまあ美人だよな、俺は姉の方が好みだったけど」


(まあまあ……だと?)

 リチャードは拳を握り締め、今すぐに殴り込みに行きたい気持ちをぐっと抑えた。

 深く息を吸って、大きく吐く。

(この程度の会話、さらっと流さなくてどうする)

 男同士が集まれば、好みの女性を求めて品定めをするなんてよくあることだ。それに、酒も飲んで気が大きくなっているのだろう。

「目付け役、いないんじゃないか? 」

 一人が低い声で囁いた。

「それなら、声を掛けてくる。少し二人で散歩(・・)でもしてくるよ」

「お前の得意技だよな、それ。またぶん殴られるぞ」

 やめとけ、なんて笑っているが、どうやら本気で止めている訳ではなさそうだ。

 不穏な会話が始まり、リチャードは注意深く耳をそばだてていた。

 結婚前の男女が夜に二人きりになるのは御法度だ。ふしだらな女だと烙印を押されてしまうし、醜聞になる。

「手っ取り早く結婚したいなら既成事実を作ってしまえばいい。いい女は早く売れるから、対策を取らないと」

「それもそうだな」

 リチャードは、我慢の限界だった。

「さて、俺はそろそろ……」

 男が立ち上がろうとした瞬間、リチャードはその肩を上から掴み、椅子へと無理矢理に押し戻らせた。

 再び立ち上がろうとするのを、ぐっと抑え込むと男は小さく呻いた。男は素早く振り返りると、拳を振り上げる。
リチャードはその手を後ろに捻り上げた。

「何をする……! うっ、」

 男は何やら大声で喚こうとしたが、リチャードの恐ろしい剣幕に気圧されて黙ってしまった。

「シェリー・コールドウェルの目付け役は私だ。彼女に少しでも近付いたら……その口を二度ときけないようにしてやるからな」

 体重をゆっくりかけながら、男の耳元へと囁くように告げる。男の腕がミシミシと嫌な音を立てる。男は低く呻きながら、黙って大きく頷いた。

 少し乱暴だったかもしれないが、これでシェリーにはきちんと目付け役が付いていると理解してくれただろう。

 リチャードは男を解放すると、再び舞踏室の中央へと目を向けた。

 次の音楽が始まっているというのに、シェリーの姿はどこにも見当たらなかった。



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