龍神様のお菓子

人の時というものは

 あれから、一週間。あの一件以来椿庵には顔を出していない。きっとすぐに龍青から連絡が入るだろうと思っていたが意外にもメッセージは一つも送られて来なかった。別に、龍青に謝罪してほしいとは思っていないが一言くらい慰めの言葉をかけてくれてもいいではないか。

夢香は内心そんな事を思いながら窓その外を見つめる。

 季節はまだ春だと言うのに、大学の外では大粒の雨が降っている。そういえば、東京に来てからというものあまりお天道様を見ていない。どんよりとした天気の中、夢香の気分もどんよりと暗くなる。今思えば、これが普通の事なのかもしれない。どこか、龍青の特別扱いに慣れきってしまっていた自分に情けなくなる。本来なら、私の様な二日で辞めてしまう人間の事などどうでもいいはずなのに、何故か龍青は特別待遇で戻る様に説得してきた。今回もそんな感じで連れ戻してくれるだろうと言う謎の期待感があっただけに夢香は残念そうに窓の外を見つめる。

 確かに雅の言う通りなのかもしれない。
どんな理由があるにせよ、龍青のようなイケメンに引き止められて少し自惚れていた。また次もヘラヘラと笑いながら姿を現すに違いないと思っていた。しかし、そうなる事は無かった。

 一週間が二週間になり、二週間が三週間になり、気がつけば一ヶ月が経過した。

 いい加減、新しいバイト先を探そうと大学の自習室でスマホを開いた夢香に昴が声をかけた。

「もう行かねぇの?」

「行かねぇって、どこに?」

相変わらず交友が続いている昴に、夢香はそっと視線を移す。

「とぼけてんじゃねぇ、椿庵だよ」

昴は参考書片手に、視線を移す事無く尋ねる。

「だって、来たい時に来ていいって言われてるし…、それに特に連絡もないし…」

 夢香は言葉を濁す。行くタイミングを見失ったなんて今更言える訳がない。

「じゃ、今日行ってみようぜ?」

「え?!今日?」

昴の唐突な提案に夢香は危うくスマホを落としそうになる。

「俺、今日部活ねぇんだよ」

「いや、だからって突然…」

今更、行った所で何を言われるかわからない。

「んだよ…、別にいつ行ってもいいって話なんだろ?だったら行こーぜ?俺今月、金やばいし」

「いや、でも…」

「んじゃ、俺だけ行ってくるわ」

 昴はそういうと何を思ったのか突然参考書を閉じて立ち上がった。

「え、ちょっと、待って!置いてかないでよ」

夢香も慌てて昴の後を追う。

「ほら、ほら、急げよ。置いて行くぞ」

変に急かしてくる昴に夢香は仕方なく、椿庵へと向かう事になった。
< 19 / 25 >

この作品をシェア

pagetop