「恋愛ごっこ」してみないか?―恋愛のしかたを教えてあげる!

第4話 『恋愛ごっこ』の2回目はおいしいサンドイッチを作ってきてくれた!

次月の最終土曜日の週の月曜に出社した。なぜか落ち着かない。この週に入ったら土曜日のデートの場所を沙知が考えて、メールで知らせてくれることになっていた。

いつもの地味な沙知とあの日の綺麗で可愛い沙知の強烈なギャップが頭から離れない。落ち着かないウィークデイが続いたが、木曜日の昼休みに携帯にメールが入った。

[土曜日午後1時に上野の国立科学博物館の入り口に集合、博物館見学後に動物園へ]

すぐに[了解]のメールを返信した。なぜかホッとした。ワクワクしている自分がいるのが分かって戸惑っている。どうしたんだ、すごく綺麗になった沙知に惚れたのか?

そういえば、あれから廊下で沙知とすれ違うことが何度かあった。いつもなら「先輩調子どうですか?」とか言って馴れ馴れしく声をかけてくるところが、僕の顔をジッと見つめるだけで、よそよそしく早々にすれ違うようになった。

僕もいつもならば「頑張ってる?」と声をかけるところが、あの強烈なギャップを思い出して、声が出なくなった。二人ともなぜかいつもと違う。どうしてだろう?

それで社内結婚した同期とした話を思い出した。以前から皆の前で冗談を言い合っていた二人が冗談を言わなくなったので気になってそっと聞いてみた時だ。

「どうしたんだ、二人は喧嘩でもしたのか、それとも何か行き違いでもあったのか?」

「いや、内密にしてほしいが、実をいうと僕たちは付き合い始めたんだ。付き合い始めると二人だけで話をしているから、会社では話をしなくなるし、する必要がないんだ。それに目立たないようにと話をしなくなるんだ」

そんなものなのかと思った。僕たちは付き合っているのか? ただ、「恋愛ごっこ」をそれもたった1回しただけなのに、もう付き合っているような二人になっている? 考えすぎかな?

◆ ◆ ◆
待ち合わせの時間の20分も前に到着した。待ち合わせ場所が遠くなるに従い乗り換え時間などかかる時間の誤差が大きくなるので余裕をもって出かけてきた。僕は昔から人を待たせることが嫌いだ。もちろん約束の時間から待たされることも好まない。元カノにはよく待たされた。

すると公園の奥の方から綺麗な女子がこちらへ向かってくる。白いワンピースを着ている。その娘が沙知であることは容易に分かった。こちらが手を振ると、嬉しそうに手を振ってくれた。

「ずいぶん早く着いてしまったので、このあたりを見てまわっていました。ここへ来るのは初めてなので」

「この前も時間より早く来ていたみたいだけど」

「私、人を待たせるのは嫌いです。もちろん待たされることも好きではありません。だって、時間は大切にしないと」

「同感だ。ところでどこを見てまわっていたの?」

「後で行く動物園の入り口まで行って確かめてきました。ここからはそんなに遠くはありません」

「初めてここへ来たんだね。僕は上京した時に東京見物の一環としてここへ来た。国立科学博物館と東京国立博物館を見学したことがある。でも動物園は行っていない」

「じゃあ、動物園だけにしますか?」

「いや、上野さんも理系だろう。国立科学博物館は見ておいた方がよい。僕は1回見ているけど内容はほとんど覚えていないから、もう一度見ておきたい」

二人は入場券を買って中へ入った。はじめに日本館、次に地球館を見て回った。僕が以前に来た時とは展示が変わっていたように思う。沙知は特に地球館を熱心に見ていた。ときどきベンチに腰掛けて休み休み見て回った。

3時過ぎに出てきた。喉が渇いたので、僕は沙知をベンチで待たせて自働販売機で缶コーヒーを買ってきた。ベンチに戻ると沙知は持ってきた包みを開いていた。

「途中でお腹が減ると思って、サンドイッチを作ってきました。動物園に行く前に食べて元気をつけましょう」

「ありがとう。おいしそうだ」

サンドイッチはハムとレタスのサンドと卵サンドの2種類。パンの耳はついたままで、縦長に2つに切ってある。それぞれラップに包んであって食べやすいようになっている。

元カノと比較したくはないが、何回か郊外へ出かけたことがあるが、お弁当を作って持ってきたことはなかった。郊外の名の知れたショップで人気の品を二人は食べ歩いていた。二人ともそれがしたかった。

「このサンドイッチ、どれもとってもおいしいね」

「溝の口に卵サンドのおいしいお店があって、時々買って帰っています。その味を再現しようと何回か作って研究しました。今日はまずまずの出来です。おいしいと言ってもらえてよかった」

「確かに、この卵サンドはおいしい。研究熱心なんだね」

元カノと二人でいつもネット上の有名な店に入って食べていたが、正直食べてそれほどの感動はなかった。でもこれは心が温まるというか、食べていてそんな気持ちにさせてくれるサンドイッチだった。

沙知は後片付けをしてくれている。それからベンチの下に落ちているゴミも一緒に片付けている。

「誰だろう、後片付けをしない人がいるね。困ったものだ」

「そうですね。こういう人もいるのですね。私、以前はこういう人を見ると注意することもありましたけど、今はしないですね」

「どうして?」

「注意して分かる人は最初からこういうことはしないと思います。そういうことをする人に注意しても、無視されるか、反論されたり絡まれたりすることもあり得ます」

「そういう人は痛い目に合わないと分からないのかもしれないね」

「そういう人はきっと痛い目にあっても分からないと思います」

「あり得る。僕も何度も痛い目にあっているのに直せないことがある」

「どういういう痛い目か分かりませんが、先輩なら1回でも痛い目に合えばもう2度としないでしょう」

「そうでもないかもしれない。性格というか性根というものはそう簡単に変えられないと思っている。だから、気が付いたら、何でも注意してほしい。直すから、いや直そうと努力するから」

「先輩にはそういうところはないと思いますが」

「いやいやいっぱいあるんだ。まだ気が付かないだけだと思う」

「ずいぶん、謙虚なんですね」

「いつも謙虚にと思っている。謙虚だけが取り柄かもしれない」

「でも、謙虚、謙虚と自分で言うのもどうかと思いますが」

「まさに、そこなんだ。参ったな。動物園へ行ってみようか?」

二人は手を繋いで歩き出した。動物園にはすぐに着いた。まず東園を見て回る。ゴリラやゾウなどを見て回った。それからモノレールで東園駅から西園駅へ向かった。窓から不忍池が見える。

西園を見て回ると不気味な大きな鳥がいた。全く動かない。剥製みたいだ。頭が大きくて不気味だ。沙知が怖がって身体を寄せてくる。名前を確かめると「ハシビロコウ」だった。

「動かないけど生きているのかしら?」

「そういえば以前にテレビで見たことがある。ああして動かないで獲物が近づくのを待っていて首を伸ばして素早く狩りをする鳥だった。ただ、実物を見るのは初めてだけど、怖そうだね」

僕たちが見ている間、ハシビロコウは少しも動かなかった。離れておそるおそる見ていたが、動く気配がないので、あきらめてこれで帰ることにした。

「あの鳥、何を考えてあんなに静かに待っていられるのでしょうか?」

「分からない。きっと身体が大きいからエネルギーの消耗を控えて狩りをする方法を見つけたんだろうな。それにあんな大きな身体では敏捷に動いて獲物を追いかけられないだろうし」

「先輩の推理はきっと合っていると思います。自然界ではそれぞれ身の丈に合った最善の方法を探して生きているんですね」

「弱肉強食だけど強いものでも自然界で生き抜いていくのは大変だ。人間の世界でも同じだけどね」

「私は一人ですけど、先輩を始めいろいろな人に助けられて生きています。動物と人の違いでしょうか」

「いや群れを作る動物もやはり助け合って生きている。でもね、一人で生きていくという気概は大事だと思う。上野さんがそう思っているように」

「私には一人で生きていくという気概があるというのですか?」

「ああ、そう感じている」

「あの鳥はきっと群れは作らないで、いつもは1羽で生きているのだと思います。先輩のように強い動物は群れを作らなくても生きていけるから」

「僕が強い?」

「ええ、先輩を見ているとそう思います」

「人は一人で生まれてきて、一人で死んでいく。人は孤独なものだと思っている。誰も助けてくれない。誰も助けを求められない。そう考えることで、僕は人に頼るとかという思いがなくなった。だから、そう見えるだけだ」

「私も一人になって、人は孤独なもので、その寂しさが分かったので、人を大切にして、優しくできるようになったように思います。それにほんの僅かな繋がりであっても、人との繋がりを大切にしなければと思うようになりました」

「僕と考え方が似ているね」

池之端口から千代田線根津駅まで話しながら歩いた。夕食を誘ったが、歩き疲れて早く家へ帰って休みたいというので、このまま帰ることにした。

沙知は疲れたのか、電車で眠っていた。僕は下りるときに彼女を揺り起こして立っているように言って別れた。彼女は立って僕を見送ってくれた。眠らずに無事に帰宅できるとよいが。

帰宅してから、彼女が家へ着いたころを見計らって確認の電話を入れた。

「無事、家へ着いた? 乗り過ごしたのではないかと心配だから電話を入れたけど、大丈夫? 今日はずいぶん歩いたから疲れたんだろう」

「ご心配かけました。大丈夫です。無事帰宅しました。せっかく夕食を誘ってくださったのに申し訳ありませんでした」

「次回は疲れないところにしよう」

「はい、考えてみます。楽しみにしています」
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