【掌編】日常の中の非日常〜あやかし編〜

鏡花水月

境内に入った途端なんとなく空気が変わった気がした。
でも、正直そんなことを気にしている余裕はない。

「あのカラス、どこ行ったの?」

私のお守りをくわえて飛んで行ってしまったカラス。
キョロキョロを周囲を見回すと、手水舎のところで黒いものが見えた。

カラスが水浴びをしているみたい。
といっても、カラスなりに罰当たりとか思っているんだろうか。
水が溜まっている水盤の中ではなく、そこから落ちている水を打たれるように浴びていた。

とにかくこのカラスが私のお守りを持って行ってしまったカラスだと思う。
今はくわえていないけど、どこにやっちゃったんだろう?

「あ! あんなところに」

よく見ると、手水の水が出ている口を開けた龍の頭の上に、ちょこんと私のお守りが乗っていた。
またカラスに取られないよう慎重に近づく。
でも、まるで狙ったかのようにカラスは翼を広げ水を浴びたままバサバサと羽ばたく。

「うわっぷ! 冷たっ!」

羽ばたきと共に水がはね、近くにいた私にかかる。
思いっきり水がかかってしまって、これじゃあお清めじゃなくて(みそ)ぎみたいだって思う。
しかも、顔にかかった水をハンカチで拭いている間にカラスは水盤の縁に移動して、龍の頭の上に置かれていたお守りをまたくわえてしまった。

「え? うそ、やだ待って!」

私の制止もむなしく、カラスはまた飛んで手水舎を離れる。

「もう! 本当に返してよー!」

びしょ濡れになって泣きたくなりながら、私はカラスを追ってまた境内に躍り出た。
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