Ring a bell〜冷然専務の裏の顔は独占欲強めな極甘系〜
* * * *

 遡ること一年前--。

 星が瞬き始めた頃、杏奈は両親が経営する弁当屋までの道を全速力で走っていた。

 駅の南口にある商店街とは違い、北口からだいぶ離れた製菓工場の隣にある、昔ながらの長屋(ながや)の中の一画にある小さな弁当屋。工場で働く人や地元の人が買いに来てくれる、地域に根ざしたお店だった。

 売り上げよりもお客様重視、利益なんて気にせず気ままに経営を続けてきたが、今日の母親からの電話で事態が急変したことを知った。

『もう弁当屋を続けられないかもしれない……』
「えっ……な、なんで⁈ お父さんに何かあったの?」
『そうじゃないの。実は--』

 ただでさえ暑い七月。昼間の暑さは少し落ち着いたものの、じめっとした空気に汗が止まらなくなる。

 通りを挟んで向こう側に長屋が見え、その中で唯一灯りがともっている左から二番の店が、杏奈の両親が経営する弁当屋だった。

 閉店のための片付けをしていた母親が杏奈の姿に気付き、驚いたような表情に変わる。

「杏奈! どうしたの……」
「だって! あんな電話をもらったら居ても立っても居られないじゃない……というか水が飲みたい! 喉乾いちゃった」

 息を切らしながらその場にしゃがみ込んでしまうと、店の中から父親がグラスに入った水を持って出てきた。

「ほら、水」
「ありがとう」
「中で飲みなさい。とりあえずお店閉めちゃうから」
「わかった」

 杏奈がその場から立ち上がってガラス戸を引いて店内に入ると、母親はすぐさまシャッターを下ろしてドアの鍵を閉める。

 店の厨房に入った杏奈は作業台のそばに立ち、明らかに動揺している様子の父親の顔を見た。

「母さん、杏奈に連絡したのか」
「だって……」
「いいじゃない。私は家族だよ。知る権利はあるでしょ?」
「だとしても……お前はもうこの家を出ているし、自分の生活があるだろう?」
「家は出ているけど戸籍はまだこの家にあるんだから、無関係ではありません!」
「そんなら減らず口を……」
「娘なんだから心配するのは当たり前じゃない!」

 杏奈が怒りに任せてそう言い放つと、父親は観念したように息を吐いて下を向いた。
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