Ring a bell〜冷然専務の裏の顔は独占欲強めな極甘系〜

9 思いがけず

 朝の出勤時刻。満員電車に揺られ、会社のある駅で降りた杏奈は、自身が勤める会社への道を足早に歩いていた。

 高臣との交際が始まってから三週間。平日は彼も自分も忙しいためなかなか会うことは叶わず、メールや電話でのやり取りにとどめ、週末にまとめて時間をとって会うようにしていた。

 とはいえ、今までのようにキッチンカーの手伝いがある日もあり、その時は申し訳ないと思いながらも手伝いは土曜日のみにしてもらい、夕方からの高臣とのデートのためにランチタイムで切り上げる。

 両親は杏奈に恋人が出来たことを薄々勘付いていたようだが、何も言わずに早めに帰らせてくれた。

 そのため土日は高臣に寝かせてもらえないものの、平日は規則正しい生活を送ることが出来たのだ。

 道路沿いを歩きながら、会社のビルに到着する。七階建てのそれほど大きくはないビルだが、中には調理室なども備えられていて、メニュー開発がしやすい環境が整えられていた。

 杏奈は出勤してから自分の机にカバンを置くと、
「おはよう」
と後輩の岸辺(きしべ)鈴香(すずか)に声をかける。

 鈴香は杏奈よりも二つ年下だが、人懐っこい性格のため、一番親しい社員だった。ふわっとした栗色のボブ、そしてガーリーな服装は男子ウケも良かった。

「おはようございます! 先輩ってば待ってましたよ〜。今日こそ課長に提出出来るくらいのメニューを決めちゃいましょうね!」

 よく見るといつもよりも気合いが入った服装と髪型、メイクもバッチリ決まっている。

「……やけに気合い入ってるけど、まさか今日は合コンの日だったりする?」
「さっすが先輩、私のことをよくわかってる。そうなんですよ〜、実は今夜、お医者様との五対五の飲み会という名の合コンがありまして! 遅れるわけにはいかないのです!」
「おお、お医者様なら行かないわけにはいかないね」
「そうですよ〜! もしベリが丘の総合病院の先生とかが来ていたらどうします⁈ オーベルジュで素敵なディナーをして、ラブラブお泊まり。それからツインタワーのレストランでプロポーズをされて、ホテルで結婚式でしょ? それからノースエリアに新居を構えちゃったり⁈ あぁん、夢は尽きませ〜ん!」

 天井に向かって両手を伸ばした鈴香を、杏奈は眩しそうに見つめた。ホテルにオーベルジュ、つい最近見た景色が鮮明に蘇り、なんとなく恥ずかしくなってしまう。

「なるほど。じゃあなるべく形にしないとね」
「そうそう、その意気ですよ! 先輩!」
「うんうん、頑張ろう」

 杏奈は笑いながら、パソコンを開いた。
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