恋愛下手の恋模様

忘れ物


ひと寝入りして目を覚ましたのは、お昼過ぎだった。

「うーん……」

ぐっと体を伸ばし、のろのろと起き上がる。

二日酔いはないが、眠りについたのが明け方だったからか、体が重い。

とりあえず何か口に入れようと冷蔵庫を開けた。が、入っていたのは、水とヨーグルト、トマト、卵が二つ。それなのに昨夜、補佐に対して「何か口に入れますか」とは、よく言えたものだ。彼が「うん」と言わなくてよかったと思う。

買い物に行こう――。

私は手早くシャワーを浴びると、出かける準備をした。働き出してから習慣となった薄めのメイクは忘れない。玄関のチャイムが鳴ったのは、靴に履き替えようとした時だった。

この部屋にインターホンはついていない。ドアの小さなのぞき窓から外の様子を伺って、一瞬私は息をするのを忘れた。そこには、山中補佐の姿があった。

どうして……?

驚くと同時に、メイクしておいてよかった、などと思う。前髪を指でそろえながら、私はドキドキしながらドアを開けた。

彼は私を見ると、爽やかな笑みを浮かべた。

「こんにちは」

「こ、こんにちは」

目の前の彼は、昨夜とは違ってラフな格好をしていた。スーツ姿の時とは別人のように親しみやすい雰囲気だったが、眼鏡をかけていない素顔がまぶしすぎる。直視できなくて、私はわずかに視線をそらした。

「えぇと、どうかされましたか?」

動揺を抑えようとしたら、とても平坦な口調になってしまった。無愛想に聞こえてしまったかもしれないと思ったが、補佐はそれを気にした様子はない。

彼は穏やかな声で言った。

「突然ごめん。――もしかして、これから出かけるところだったかな」

「え、はい……」

「実はちょっと忘れ物があって。連絡先を知らないから、迷惑を承知で直接来てしまったんだけど……」

「迷惑だなんて、そんなことはないのですが……。ええと、何をお忘れになったのでしょうか?見てきます」

「忘れ物は……」

補佐が後ろ手に持っていた紙袋を差し出した。

「これ。夕べのお詫びに」

「え?」

聞き返す私に、彼はその袋の口を開いて見せた。

「本当にたいしたものじゃないんだけど、ひとまず受け取ってくれる?」

中を覗き込むと、そこには様々な野菜が入っていた。

「困ります、こんなの。気を使わないで下さい」

「たまたま実家から送られてきてさ。一人じゃ食べきれないから」

「でも…」

なかなか受け取ろうとしない私に、彼は悪戯っぽい目を向けた。

「夕べ、実はちらっと見えてしまったんだよね。寂しそうな冷蔵庫の中」

まさか見られていたとは……。

だらしないと思われたに違いない、と恥ずかしさに言葉が詰まった。
< 12 / 94 >

この作品をシェア

pagetop