恋愛下手の恋模様
6.突然の来訪

玄関先で


連絡する――。

休憩スペースでそう言った宍戸からは、電話もメールも来なかった。いや、私は別にそれを待っていたわけではない。

この数日の間にも、宍戸とは社内で何回か顔を合わせていたが、私に対する彼の態度はいつもと変わりなく見えた。だから、彼の用件はもう解決したのだろうと思った。

それなのに、私はもやもやしていた。あの時私の前で見せた「らしくない」宍戸の様子、山中補佐の意味深な言葉、そういった様々が私の心をさざ波だてている。おかげで、せっかくの週末なのに、何をするにも集中できないでいた。

こういう時は、とにかく体を動かすのがイチバンだ。

そう思いたつと、早めの昼食を済ませた私はひたすら部屋中を掃除して回った。いつもは見て見ぬふりをしていた場所まで雑巾がけをするという、大掃除並みの掃除だ。終わった時には、額際や背中がしっとりと汗ばんでいた。

「うん、カンペキ!」

我ながらよく頑張ったと、綺麗になった部屋を大満足で見回した。

「気合い入れすぎたかな。気分転換にはなったけど、ちょっと疲れちゃった」

私は一人ごちると、夕食の前に早々と入浴することにした。頭にバンダナを巻いてはいたけれど、髪にほこりがついているかもしれないと気になったし、汗もかいた。

全身を綺麗に洗った後は、ぬるめのお湯を張ったバスタブにアロマオイルを数滴垂らす。好きな香りを(くゆ)らせながら時間を気にせずにバスタイムを楽しめるのは、一人暮らしならではの贅沢だと思う。

「気持ちいいなぁ」

こうやってのんびりしていると、最近の色々な出来事が、実は夢だったのではないかと思えてくる。

「補佐を好きだっていう気持ちは、夢じゃないんだけどね」

小さくつぶやいたつもりのひとり言が思ったよりも大きく響いて、私は苦笑した。

「上がろう」

ざぶっと水音を立てて、私は湯船から立ち上がった。浴室から出て、バスタオルで濡れた体を拭く。それから、今夜は外出も来客も予定がないからと、上半身は素肌の上に長袖のカットソーをそのまま身に着けて、薄手のロングワンピースを頭からかぶっただけのラフな格好になった。

髪を乾かそうとしてドライヤーを手に取った時、洗面台に置いておいた携帯が鳴り出した。誰だろうと思いながらも、私には予感があった。そして案の定、画面上に表示されていたのは宍戸の名前だった。

連絡すると言っていたから、たぶんその電話だろうか
……。

鳴り続けるコール音を無視できず、私はドライヤーを置いて電話を手に取った。

「もしもし」
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