恋愛下手の恋模様

ふたりきり


私と宍戸が二人でいるところを見て、補佐はどう思っただろうか。私たちの関係を勘繰ったりしただろうかと、そんなことはあり得ないのに、願望めいたことをつい思ってしまう自分がいた。

補佐は驚いたような顔をしたが、それも一瞬のことだった。すぐにいつも通りの穏やかな表情に戻り、私たちに声をかけた。

「二人とも、お疲れ様」

「お疲れ様です」

「お疲れ様です……」

補佐は宍戸に訊ねた。

「今戻り?」

「はい、つい先ほど」

宍戸もまた、普段と変わらない様子で補佐の問いに答えた。

動揺を隠しきれていないのは、私だけだったらしい。補佐がなんとも思っていないと分かってはいたが、気まずい思いで目を伏せていた。

本当なら確認する必要はないのに、補佐はどことなく遠慮がちに訊ねた。

「乗ってもいいかな」

その言い方に、私はそわそわした。私と宍戸の間にある微妙な空気を察して、変な誤解をしてはいないだろうか――。

それを紛らわせるように、私は声を上げた。

「もちろんです、どうぞ!」

その間、宍戸は営業用にも見える笑みを口元に浮かべたまま、エレベーターの「開」のボタンを押していた。補佐が乗り込んだのを確かめると、ちらっと私を見る。それから「閉」のボタンを押すと、急に素早い動きで扉の向こう側へと出て行った。

「えっ?宍戸も一緒に戻るんじゃなかったの?」

その行動は予想していなかった。驚いている私に、宍戸はにっと笑ってみせた。

「課長には適当に言っておくからな」

「適当にって、えっ、何?」

宍戸は慌てる私を無視して、補佐に向かって軽く頭を下げた。

「そういうことでよろしくお願いします。それじゃ、俺はここで失礼します」

「そういうことって……え?」

さすがの補佐も面食らった顔をしている。

「宍戸、待ってよ!」

私は宍戸を引き留めようと彼の名前を呼んだ。けれどその時にはもう、扉は閉まりかけていた。扉が完全に閉じる前のほんの一瞬、その隙間から見えた宍戸は少し複雑そうに笑っていた。それを見た私は、すぐに察した。

機械音を鳴らして、エレベーターが再び動き出す。

「あいつ、いったいどういうつもりで……」

困惑気味につぶやく補佐の声を耳にしながら、私はぎゅっと手を握り込んだ。

きっと宍戸は、私にチャンスを作ってくれたつもりなのだろう。それををありがたいと思うべきなのかもしれない。しかし。

どうしよう――。
< 64 / 94 >

この作品をシェア

pagetop