恋愛下手の恋模様
9.告白
過去といま
私は思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
あの女性のことを話そうとしてくれているのか――。
息を詰めるようにしながら、私は補佐の言葉の続きを待つ。
彼は組んだ手の上に顎を乗せると、ゆっくりと口を開いた。
「あの人は……」
言いにくそうにいったん言葉を切ったが、ゆっくりと続けた。
「妻だった人なんだ――」
つ、ま…?
思考だけではなく、体全体の動きまでが止まってしまったような感覚に陥った。
元カノではなく、元妻?つまり、補佐は過去に結婚していたことがあるということ?
「あ、の……」
私はぎこちなく、そしてゆっくりと瞬きをした。どういう反応をしたらいいのか困惑して、言葉がスムーズに出てこない。
今どきバツイチなんて珍しいことではない。実際、私の周りにもそういう人がいる。色々な事情があっての選択だったのだろうし、その別れ方にも色々な形があるのだろうということも理解している。
そして恐らく補佐たちの別れ方は、先ほどの二人の様子から、あまりいいものではなかったように思われた。
補佐はそっと上目遣いをすると私を見た。
「驚いた、よね」
「は、い……」
私の声はかすれていた。
補佐は再び目を伏せると、静かにけれどはっきりとした口調で続けた。
「このことは、入社当時部長だった今の本部長以外では、岡野さんに話したのが初めて。他の人たちは知らない。離婚したのは5、6年前のことで、この会社に転職したのはその後だったから」
「そう、だったんですね……」
そんな反応しか返せなかった。心の準備をする暇もなく入ってきた情報は、私にとっては重い内容だった。それを処理するのに頭が追いつかず、気づくと私の眉間には深くしわが寄っていた。
「ごめんね。こんな話は聞きたくなかったと思うけど、岡野さんには伝えておきたかったんだ」
「私に、ですか?」
補佐は、本当は思い出したくなかったとでもいうように、苦しそうな顔をしている。
疑問が口を突いて出た。
「どうして……?」
補佐は私の問いに低い声で答えた。
「さっきの岡野さんは……傷ついたような目で、俺とあの人を見ていたように思ったから」
「っ……」
私は唇の端を軽く噛んだ。自分がまさかそんな目をしていたなんて、気づかなかった。それを見た補佐は私の想いに気づいてしまっただろうか。もしそうなら――。
「補佐、私……」
タイミングや言い方をじっくり考えてからにしようという頭はなかった。私は弾かれたように顔を上げると、今日こそは伝えたいと思っていた言葉を口にしようとした。
ところが、補佐はそれを制するかのように、あるいは遮るかのように話し始めた。