恋愛下手の恋模様
10.そして、この先

彼の親友


それから数日がたったある夜のこと。私は補佐の親友がオーナーをやっているバーの前にいた。

可能ならば、補佐の過去の話を聞けないものだろうかと、むしの良いことを考えてやって来たのだ。

そんな行動を起こしたのは、少なからず宍戸の影響もあったかもしれない。彼の熱量と勢いに及びはしないけれど。

けれど、ドアに手をかけた途端、私の中に迷いが生まれた。こんな形で補佐の過去を知ろうとするなんて、やめた方がいいのではないか、やはり直接聞くべきなのではないか、と心が揺れた。

帰ろう――。

くるりと背を向けて引き返そうとした時、後ろから突然声を掛けられてびくっとした。

「こんばんは、入らないの?」   

そうっと振り返ると、そこに立っていたのは、今夜私が会いたいと思っていた人物だった。買い物にでも出ていたのだろうか、紙袋を抱えていた。

不思議そうにこちらを見ているその人――築山さんに、私はおずおずと挨拶した。
 
「こんばんわ……」

彼はしばらく私の顔をしげしげと見ていたが、驚いたように目を見開いた。

「あれ?君って、この前、匠と一緒に来た人だよね」

「はい、岡野と言います」

私は頭を下げた。

「先日、補佐、いえ、山中さんとこちらにお邪魔しました。あの時は、ご馳走さまでした」

「うんうん、覚えてるよ」

築山さんはにこにこして言った。

「匠と同じ会社だったっけ?今日は一人で来たのかな?」

私の背後を確かめるように、彼は首を伸ばした。

「申し訳ありません。あの、今日は私だけなんです」

体を縮こまらせるようにしながらそう言って、私はバッグを持つ手にぎゅっと力を入れた。

「あの、実は……」

「聞きたいことでもあって、来た?」

口に出そうとしていたことを先に言われて、私は言葉に詰まった。

築山さんは顎を指でさすりながら、私をじっと見つめている。

頭の中を覗かれてでもいるようで、いたたまれないような気分になる。ここに来たことを後悔し始めて、私は彼から視線を外した。

築山さんと補佐は親友だと言っていた。今夜のことを補佐が知るのに時間はかからないだろうと、今さらだが、そのことに思い至る。その結果、補佐に嫌われてしまったらどうしようと怖くなった。

「やっぱり、私……」

帰ります――。

そう言って立ち去ろうと思った。ところが。

「なるほどね……」

築山さんのつぶやきが聞こえて、私は動きを止めた。

「え?」

「あぁ、いや、こっちの話」

彼は何かを納得したように、大きく頷いている。

「あ、あの……?」

不安な顔をする私に、築山さんはにこっと笑いかけた。

「ごめん、ごめん。えぇと、岡野さんだっけ?嫌じゃなければ下の名前も教えてよ」

「え、はい、あの……。みなみ、です」

築山さんはうんうんと頷く。

「みなみちゃん、ね。とりあえず中に入ろうか」

「でも、やっぱり……」

「ね?せっかく来たんだからさ」 

築山さんはそう言いながら扉を開けると、私の背を軽く押すようにしながら店の中に促した。
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