鳴り響く秋の音と終わらない春の恋




「では、行ってきます」

秋斗くんが席を立ってからしばらくした後に、開演ブザーが鳴って――コンクールが始まる。
優雅粛然とした雰囲気を持つ出場者たち五人がヴァイオリンの演奏を終えたところで、ねねちゃんが感動したようにつぶやいた。

「しずちゃん。みんな、すごいねー」
「ほんとだね」

ねねちゃんの驚きの声に呼応するように、私もまた、場の空気に飲まれていた。
音楽に無知な私たちは演奏の良し悪しはよく分からないけど、どの曲も胸に響いて心に染み渡るようだった。

「秋斗くん……」

やがて、高校生のヴァイオリン部門の最後のトリを飾る秋斗くんが迷いのない足取りでステージの中央に歩いてきた。
こんなにも上手い人たちの後だったら、私なら緊張してプレッシャーに押し潰されそうになる。

秋斗くんは恐ろしくなったりはしないのだろうか。
ステージに立つ重圧が、そして、周囲の期待が。

でも、秋斗くんの演奏はそんな杞憂なんて一瞬で忘れさせた。

水晶みたいに透明な音が一音一音、宙で青くきらめいて、聴く者の心を揺さぶる美しい音色を響かせる。
あまりにも美しくて泣けてくるような調べはやがて、万華鏡みたいに色調と模様を変えていく。
空を切り裂くような強く弾く音が始まった時、全身に鳥肌が立った。
胸に迫るような抒情性。
弓が折れることもいとわないような激しい演奏を弾き抜いた秋斗くんは、最後に緩急をつけて独特の間を作り、鐘が鳴り響くような静かな和音を響かせる。
悲壮感のような余韻を残して、最後の旋律を弾き終えた秋斗くんはゆっくりと弓を下ろした。

「――っ」

秋斗くんが一礼したその瞬間、拍手が降り注いだ。
演奏に応える万雷の拍手が、秋斗くんに寄せられていた期待を示しているようだった。

「すごい。まるで魔法みたいだね……」
「うん。あきくん、すごい……」

静謐なホールに、寂寞とした残響音がまだ響いているような気がする。
私もねねちゃんも圧巻させられたように、それしか感想が出てこなかった。

音楽には不思議な魔法がある、と思う。
その魔法は秋斗くんがこれまでたどってきた人生を音色に変えて、聴く者の心を震わせているのかもしれない。
そして、その音色は思いのほか繊細な旋律で、その音色を聞いていると脳裏に浮かんだ様々な事がすとんと胸の底へと落ちていく。

希望の光明をもたらす星の瞬きのように――。

スポットライトの照らすステージの中央で、華麗にヴァイオリンを弾き終えた秋斗くんの姿は……とても輝いていた。

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